蜘蛛の旋律・43
 オレが期待していた小説の偶然性は、確かに偶然を運んできてくれた。オレの予想はある意味当たっていたんだ。だけど、それを素直に喜ぶ気にはなれなかった。
 片桐信が病室から出た後、シーラは一度野草の様子を見て、変わりないことを知ったのか、オレに椅子を勧めてくれた。
「少し落ち着いた方がいいみたいだね」
 シーラはそう言って、野草のベッドに腰掛けた。
 椅子に身体を落ち着けると、オレはしゃべる気力が戻ってくるのを待った。片桐信は、まさにオレそのものだった。容姿も、仕草も、声もしゃべり方も。野草はこれほどオレにそっくりなキャラクターを造ることができたんだ。野草は天才だ。そして野草は、こんなにもオレを観察して、オレを研究していたんだ。
 なぜ、そんなことをしたのか、本当の理由は判らないけれど。
「シーラ……君はあいつにいろいろ教えていたな。どうしてだ?」
 シーラはなぜオレがそう言ったのか判らないように首をかしげた。
「あの男は、どうして野草を殺そうとするんだ? そしてシーラ、君はどうしてそんな奴に荷担するんだ?」
 意味が判ったのだろう。シーラは少しオレを哀れんでいるように見えた。
「信はあたしたちと同じだよ。薫に愛されて、薫の感情に同調して、物語からはみ出す自我を持つことができた。あたしや弥生や、アフルなんかと同じくらい、薫のことを愛してる。……判らない? 薫は今、死にたがってるの。あたしは薫を好きだから、薫に生きる希望を持って欲しいと思う。だけど信は、薫のことが好きだから、薫の希望をかなえてあげたいと思っているの」