蜘蛛の旋律・42
 片桐信は野草のベッドから降りて、オレたちに近づいてきた。オレが読んだ野草の小説の中には、片桐信という名前の登場人物はいない。たぶん野草はその物語を文芸部では披露しなかったんだ。その理由もなんとなく判る。片桐信は、オレをモデルに作られたキャラクターだったんだ。
 物語を知らないから、野草がどの程度片桐信にオレを反映させたのかも判らない。姿形だけなのか、性格や能力もオレそっくりに作ったのか。オレと同じ容姿だからそんなに強そうには見えないけど、もしかしたら武芸の達人なのかもしれない。自分とそっくりだからこそ余計に恐ろしくて不気味だった。
 なぜ、片桐信は野草の首を締めたのか。こいつは野草を殺そうとしたんだ。野草のキャラクターが、どうして野草を殺そうとするんだ?
「シーラ、薫がどこにいるのか知ってるのか?」
 片桐の声やしゃべり方には違和感があった。以前、初めて自分が映ったビデオテープを再生したときに感じた違和感、それと同じものだ。オレのしゃべり方の癖、仕草の癖、目の前の片桐はオレとそっくり同じ癖を持っている。オレは背筋が寒くて、がたがた震えながら2人を見守ることしかできなかった。
「あたしが知ってるのは、信が知ってることと同じだよ。薫がどこにいるのかなんか知らない。だけど、弥生は言ってた。薫の下位世界がこれだけしっかり存在してるって事は、薫の意識はこの世界のどこかにあるはずだ、って」
 片桐はほとんどオレを見なかった。
「それじゃ判らないだろ。どこに行ったら薫を殺せるんだよ」
「弥生は薫が死ぬのは明日の朝5時20分だとも言ってたよ。薫に死んで欲しいならそれまで待っててもいいんじゃない?」
「……こいつがいなければそうしてたよ」
 そう言って、片桐は結局オレを見ることはなく、病室を出て行った。