蜘蛛の旋律・41
 まだまだシーラに訊きたいことはあったのだけど、目的地が近づいていたから、オレはそれ以上シーラに話し掛けなかった。シーラも察したようで、足早に廊下を歩いて、病室のドアの前に立つ。そのドアを開けたのはオレだった。だから、中の様子を最初に見たのもオレだった。
 病室のベッドには野草が横たわっていた。だけど、そこにいたのは野草1人ではなかった。その男は、野草の眠るベッドに乗っかって、両手を野草の首にかけていたのだ。
「お前! いったいなにしてるんだ!」
 とっさに声を出せたのはほとんど奇跡だった。怖くて足がすくんでる。オレはスポーツも人並みに出来るし、それほど身体も小さな方ではないけど、腕っ節に自信が持てるほどケンカの経験はないんだ。もしも男が襲ってきたとしたら返り討ちにあう危険性の方が遥かに高い。
 オレの声を聞いて男は振り返った。その顔を見て、オレは背筋が凍るほどの衝撃を受けた。男は、信じられないのだけれど、オレだった。無表情に野草の首を締めているのは、まさしくオレだったのだ。
 息を呑むオレの隣で叫んだのはシーラだった。
「あなた、片桐信!」
 片桐信。これが片桐信? ……初めてシーラとオレが顔を合わせたとき、シーラが間違えたのも無理はない。そいつはオレにそっくりで、オレ自身でさえ自分と違う何かを見つけることはできなかったのだから。
 ……しいて言うなら、奴の髪型は少し前のオレの髪型で、着ている服がオレが休日に着るようなボタンダウンのシャツだ、というだけだった。
「信、そんなことをしても無駄だよ! 薫の心はそこにはないんだから」
 シーラが言った言葉の意味には、奴も気付いていたようだった。