蜘蛛の旋律・40
「タケシがシャワーしてる間、あたし、考えてた。どうしてあたしだけ物語から取り残されちゃったのか。……考えてるとね、自然に答えが頭の中に浮かんでくるの。冷静になるとすごく不思議なことなんだけど、あたしはそういう状況を全部自然に受け入れてた。ほら、薫って、もともとが女の子でしょ? だから、物語を作るときにも、自然と女の子に感情移入するんだよね。あたしが主人公のこの小説で、薫はあんまりタケシに感情移入してなかったんだ。だから、薫の下位世界が現実世界と切り離されたとき、タケシに自我が芽生えることはなかったの」
 オレはこのとき初めてシーラに言葉を返していた。
「ちょっと整理してもいいか? ……野草が事故に遭うまで、野草の下位世界はオレたちが住んでる現実世界と同じものだったんだな?」
「そう言っていいと思う。あたしは現実世界の人たちと関わっていたし、自分が下位世界の人間だなんてこと、まるで思ってもみなかったし」
「それで、野草が事故に遭ったその瞬間に、野草の下位世界はオレたちが住んでる現実世界と分離した」
「そうだと思う」
「野草のキャラクターにはシーラみたいにはっきり自我を持っている人と、タケシみたいに物語の中でしか生きられない人間がいる訳だ。その区別は、野草がどれだけ感情移入できたかでラインが引かれてる。シーラ、それを君は、考えるだけで知ることができたのか?」
「それだけじゃないよ。あたしは野草薫が今までどういう人生を歩んだのかも、薫のほかのキャラクターがどれだけいて、その中で誰が自我を持って誰が持たなかったのか、それも知ることができたの。だからあたし、物語の通りに行動して、タケシが飲むはずだったお茶に睡眠薬を入れて眠らせた。それから、薫が運ばれてきたこの病院に来て巳神に会ったの」
 そこまで話した頃、オレたちは再び野草の眠る病室があるフロアまで辿り着いていた。