蜘蛛の旋律・37
 病院までの道のり、シーラは何かを考えているように沈黙していたから、オレも自分の考えに沈んでいた。
 オレが今いるのは、小説の中だ。小説と現実との違いは、ひとつは始まりと終わりが明確化していることだ。そのほかにも小説が持つ独特な法律というのがある。例えば、小説には偶然が起きる確率が現実よりも遥かに高いということ。
 旅先で初めて出会って恋をした男女が実は同じ会社に勤めていたり、落とした生徒手帳を偶然拾ったのが主人公の恋する相手だったり。偶然は物語の進行を容易にするから、作者はよく使いたがるんだよな。野草の小説の中にも偶然で処理されている場面はあった。まあ、数はそれほど多くはなかったけど。
 それから、小説には傾向というのがある。ジャンルと言い換えてもいい。オレが今いる小説は、SFアドベンチャーだ。ゲームで言うところのRPGに近い。少しずつ手がかりを手に入れて、最後に魔王を倒してハッピーエンドというあれだ。オレが倒さなければならない魔王は、野草の自殺願望。作者の黒澤弥生はハッピーエンドを望んでいる。
 今、オレが手がかりを手に入れられるとしたら、野草の病室が一番確率が高いんだ。なぜなら、アフルもシーラも、野草の小説のキャラクターは、まずあの場所を訪れたから。他のキャラクターだって同じ行動を取る確率は高い。そして、小説特有の偶然が、オレたちの行動を助けてくれる。
 車が再び病院の駐車場に吸い込まれる直前、それまで黙っていたシーラが言った。
「あれ、なに?」
 ブレーキをかけてシーラが指差した方角、そちらをオレが見上げると、空中には信じられない光景が浮かび上がっていたのだ。