蜘蛛の旋律・35
 黒澤弥生は、この小説の作者なのだ。
 この小説、野草が本屋の爆発事故で生死を彷徨い、居合わせたオレが野草の夢の中に迷い込んで、アフルやシーラや黒澤と会話するこの小説の。
 黒澤弥生が小説を書いて、野草の下位世界を動かしている。シーラもアフルもオレも、黒澤弥生の小説の登場人物なんだ。
「巳神が理解してくれて助かったよ。ここで理解してもらわないと、あたし、延々しゃべり続けなくちゃならないからね。いいかげん読者も疲れてきてるはずだし」
 オレは今、黒澤弥生の小説の中にいる。これはオレにとっては現実だ。だけど、上位世界から見れば、オレは小説の登場人物として存在していることになる。黒澤がオレを小説に登場させたのは、オレにそれが理解できると確信していたからだ。今まで数多くの小説を読んできたオレだから、今が小説のワンシーンであることを理解できると。
「……で、オレはいったい何のためにあんたの小説に引っ張り出されることになった訳?」
 小説が現実と違うのは、始まりと終わりが明確にあることだ。小説の登場人物は作者が設定した終わりに向かってのみ行動することになる。
「決まってる。……薫を助けて欲しい。この小説を、ハッピーエンドで終わらせて欲しいんだ」
 ……なんでだよ。自分が書いている小説だろ? 自分でハッピーエンドにすればいいじゃんか。
「そんな不満そうな顔するなよ。さっき言ったでしょ? この世界は薫が支配していて、誰も薫に勝てないんだ。たとえ小説の作者でも、薫の下位世界で薫の望まない結末は書けないの。自分でできれば巳神になんか頼まないよ」
 そうか、野草が自分で死を望む限り、黒澤弥生はこの小説をハッピーエンドで終わらせることはできないんだ。