蜘蛛の旋律・36
 このままでは、野草は確実に死ぬ。
 黒澤が予言した死亡時刻は午前5時20分頃で、それがオレのタイムリミットだ。
 それまでにオレは野草の命を救う。
 黒澤はオレにその役をやらせるために、この小説に召喚したんだ。

「そろそろ夕食できてるかな。シーラ、巳神、あたし、これからごはん食べて小説の続き書くから」
 そう言って黒澤が車のドアを開けて出て行こうとしたから、シーラはあわてて呼び止めた。
「待って、弥生。巳神が薫を救えるかもしれないのは判った。でも、これからいったい何をすればいいの? どうしたら薫を救えるの?」
 黒澤は構わず車を降りて、でもそのまま去るのはあんまりだとでも思ったのか、開いたドアから顔を覗かせてシーラに答えていた。
「とりあえず、薫と直接話をする方法を考えてくれる? 要は薫の自殺願望がなくなればハッピーエンドになる訳だから」
「無茶言わないでよ! 薫は意識不明の重態じゃない!」
「現実の上位世界ではね。だけど、ここは薫の下位世界で、薫の心の物質は今でもしっかり存在してる。薫の意識はこの世界のどこかに必ずあるはずだよ」
「弥生!」
 それきりもうシーラの言葉には答えず、黒澤はさっさとアパートに戻っていってしまった。オレは後部座席を下りて、再びシーラの隣の助手席に戻った。
「……巳神、どうしよう。……これからどうすればいいの?」
 シーラには判らないのだろうけれど、オレには少しだけ判ったのだ。この小説の傾向っていうか、これからオレが何をしなければならないのか。
 心が高揚してくるのが判る。黒澤のことは今でも好きになれないけど、やっぱりオレは彼女の書いた小説を好きだったんだ。
「とにかく一度野草の病室に戻らないか? オレの考えに間違いなければ、次の糸口があるかもしれない」
 シーラは少し驚いたように見えたけれど、今は何も言わず、アクセルを踏んだ。