蜘蛛の旋律・33
 確かに、野草の小説にはモノレールが登場していた。例のアフルストーンが出てくる小説だ。舞台の中心はオレたちが通っている高校で、近所のいろいろな施設がそこかしこに登場していたっけ。そのへんでもオレはずいぶん楽しませてもらったんだ。その小説の中で、主人公がアフルに会う前のくだりで、モノレールの終点まで車を走らせる描写がある。
 野草の下位世界。まさか、野草の小説の世界が、現実に影響を与えたとでもいうのか?
「ねえ、巳神、薫は小説書きなんだ。あたしは自分が小説書きだから判るけどね、小説書きの精神世界への執着って、異常なの。先に言っておくけど、普通の人間の下位世界は、今あたしたちがいる薫の下位世界みたいに詳細じゃないよ。もっとぼやけてるし、つじつまは合ってないし、1分もいたらすぐに夢の中だって判るくらい。あたしやシーラみたいな人格のはっきりした人間も住んでないしね」
 今オレがいる世界は、ともすれば野草の夢の中だということを忘れてしまうくらい、現実に近い。シーラも黒澤も、現実の人間と何ひとつ変わらない。
「普通はさ、好きな人と両想いになればいいな、とか、宝くじ当たんないかな、とか、そんな願望が下位世界を支配していて、たとえその願望が上位世界に影響を与えたとしても、偶然やラッキーで処理されちゃうんだ。でも、薫の下位世界は異常だった。詳細な風景描写と詳細な人物描写。その中から生まれた下位世界はものすごく詳細で、だから上位世界に与えた影響もものすごく詳細だった。普通だったら偶然で処理されるくらいの小さな影響しか与えないはずなのに、薫の下位世界は、偶然では絶対に処理できないほどの甚大な影響を、上位世界に与えちゃったんだ」