蜘蛛の旋律・30
 さっき、シーラに見せられた新都市交通は、乗って15分ほど走ると県内最大の駅に到着する。バスのような車輪で走るから揺れが少なく、時速も60キロと遅い。入学の頃からオレが見てきたのは、そういう赤い小さな列車だった。
「上位、って言葉を使うんだけどね、例えば、薫の心の世界のあたしたちは、薫が存在しなければ存在することができない。そんなあたしたちにとって、薫は上位の世界の人間なんだ。薫から見ればあたしたちは下位の世界の人間てことになる」
 黒澤はまたオレから目をそらして、正面を向いて話し始めていた。
「こう聞くと巳神は、あたしたち下位の人間が上位の世界に影響を与えることができないように思うかもしれないけど、実はそうでもなくてね。けっこう強い影響を上位世界に与えてるんだ。もともとは人間の心の世界だからね。1人の人間の心が世界に影響を与える、って言い換えれば、それほど突拍子もない話にはならないでしょ」
 確かに、1人の人間の決断が世界を動かすようなことはあるよな。強い力を持つ政治家の決断によっては、世界中を巻き込む戦争が起きることだってあるし。エジソンやベルが発明家じゃなかったら、今ある風景もかなり変わっていたかもしれない。
「話はなんとなく判るんだけど、それと新都市交通とどんな関係があるんだ?」
「巳神、あんた、小説好きな割にはあんまり想像力ないね」
 ……悪かったな。オレは文芸部にいるけど、実は自分で小説を書いたことってほとんどないんだ。
「世の中には理屈で説明できないことって、すごく多いでしょ。虫の知らせから始まって、UFOやミステリーサークルまで。この間双子を特集したテレビを見たけど、片方が怪我をしたらもう1人が痛みを感じたり。そんなの、理屈じゃ絶対に説明できない。ごく普通に生活していても数え上げるとけっこうあるんだよね、この手の話は。そういうの全部、下位世界が上位世界に影響を与えているんだって、仮定してみてよ」