蜘蛛の旋律・26
 呼び鈴を押したシーラの後ろから、オレは様子を窺っていた。アパートのドアは薄いらしくて、中からはテレビの音がよく響いてくる。インターフォンを取る気配がして、聞こえた声は年配の女性のものだった。どうやらこれが母親なのだろう。
 シーラが自分の名前と黒澤弥生に会いたい旨を伝えると、しばらくあって顔を出したのは、まるで寝起きのように髪を振り乱してパジャマを着た、20代後半くらいに見える1人の女性だったのだ。
 おそらく、これが黒澤弥生だ。まったく野草に似たところはない。野草は痩せ型でタレ目だったけど、黒澤弥生はぽっちゃり型で、やや釣り目な感じだ。その黒澤は少し機嫌が悪いのか、シーラとオレを探るように覗き込んだ。
「今急がしんだけど。小説書いてる最中だし、あと少しで夕食の時間だし」
 オレは軽い失望を味わっていた。この黒澤には、気力とか意欲とかいうものがあまり感じられなかったのだ。シーラもどうやらそのようで、でも、シーラにとっては糸口は彼女しかなかったのだ。気力をあおって、黒澤に相対した。
「薫を助けたいの。弥生は知ってるの? 薫を助ける方法」
 黒澤はめんどくさそうに頭をぼりぼり掻いて、少し考えるようにしたあと、靴を履いた。
「んまあ、玄関先じゃなんだから、車まで行くよ。あたしの部屋、3人も入れないし」
 そう言って、黒澤はパジャマのまま部屋から出て、アパートの前に停めてあったシーラの車の助手席に乗り込んだのだ。
 オレは後部座席から乗り出して、2人を後ろから覗いていた。シーラはなんとなく勝手が掴めないようで、黒澤が口を開くまで、一言もしゃべらなかった。
「薫を助ける方法ね。……はっきり言って、今の段階では薫を助ける方法ってないんだ。このままだと、薫は明日の朝、5時20分頃に死ぬことになってるから」
 無気力に淡々とした口調で、しかしはっきり言い切るように、黒澤は言った。