蜘蛛の旋律・24
 オレはSFもサスペンスもハードボイルドも好きだし、たくさんの小説を読みもしたけれど、不幸なことに常識人だった。異世界は書物の中にしか存在しちゃいけないものだった。信号を無視して40キロ道路を時速100キロで飛ばすシーラは恐ろしくて、いつ他の車に激突するか、人をはねるか、ヒヤヒヤしながら見守っていた。周囲には車も通行人もいないんだ。だけどオレはどうしたってそうと信じる気にはなれなかった。
 住宅地を通り過ぎて、その先に新幹線の高架が見え始める。その時、ハンドルを握り締めているシーラが言った。
「あの新幹線の高架の隣に走ってるのって、何?」
 このあたりは昔、それほど交通の便がよくなかった。20年くらい前に新幹線が通ったのだけれど、その高架を利用して、新幹線の脇にモノレールを通したのだ。オレはあまり利用しないけれど、うちの高校の生徒はけっこう利用している。駅のひとつには高校の名前がついているくらいだ。
「モノレールのこと?」
「ちゃんと目を開けて見て。あれがモノレールに見える?」
 シーラがブレーキをかけて、速度がかなりゆっくりになったから、オレははっきりそれを見ることができていた。
 高架の脇に、赤い列車が走っている。駅が近いから速度を落として、やがて駅に吸い込まれて見えなくなったけれど、それはけっしてモノレールなんかじゃなかった。……思い出した。なんでオレはあれがモノレールだなんて思っていたのだろう。あれは新都市交通だ。ゴムタイヤの両輪が、高架の脇にあるコンクリートの上を走る電車。
 その車体には見覚えがある。だけど……オレが今日の午後まで教室の窓から見ていたのは、間違いなくモノレールだったんだ。車体は同じように赤かったけれど、1本のレールを噛むように走るモノレールに間違いはなかったんだ。