蜘蛛の旋律・22
 野草が書いた小説の中のシーラは、スパイ組織の工作員で、タケシというパートナーと一緒に仕事をしている。身体が大きくてごつくて、シーラと並ぶとまるで美女と野獣といった感じだ。年齢はシーラと同じ18歳なのに、きちんとした服装をすると、30より下には見えない。2人は夫婦のように振舞いながら、各地のホテルを転々として、仕事をこなしている。
 オレが読んだ小説の中では、車の運転をするのはいつもタケシだった。だからオレはシーラに運転が出来るなんて、思っていなかったんだ。それだけではないけど、オレはここにタケシがいないことが不思議でならなかったのだ。単にオレを騙すのにタケシにぴったりくる知り合いがいなかっただけなのかもしれないけれど。
 駐車場を出て一般道を走りながら、シーラは答えた。
「タケシはあんまり敏感じゃないみたい。だから、眠ってもらったんだ」
 シーラの答えはオレにはまったく理解できなかった。
「意味が判らないよ。鈍感だとなんなんだ?」
「……巳神、あなた、面倒だよ。意味が判らないんだったら質問しないでくれる?」
 まるでオレが悪いみたいだった。文句はあったのだけど、正直美人に嫌われるのはあんまり気分がいいものでもなかったから、オレはその質問はあきらめて、別のことを言った。
「今、どこに向かってるんだ?」
 野草が運ばれた病院は爆発した古本屋の近くで、駅近くの救急病院だったから、言ってみればオレにとっては庭のようなものだ。シーラの運転する車は、病院を出てからはほぼ西の方角に向かって走っている。このまま走ると国道に突き当たって、その先をごちゃごちゃ行くとオレたちが通っている高校があるのだ。そういえばさっきから対向車も通行人もさっぱり見かけない。車内の時刻表示は、そろそろ8時になろうという、まだ宵の口であるというのに。
「糸口がね、あたしにはひとつしか思い当たらないんだ。……巳神は黒澤弥生って知ってる?」
 シーラが言った名前は、部の中で小説を書くのに使っている、野草のペンネームだった。