蜘蛛の旋律・20
 オレはもちろん、シーラの言ったことを信じなかった。オレがいるこの場所が野草の夢の中だなんて、そんな言葉はあまりに突拍子がなさ過ぎたから、それより遥かに現実的な解釈はいくらでも思いつくことができた。例えば、あの時長椅子で居眠っているオレを見て、アフルと名乗ったあいつがオレにいたずらを仕掛けたんだ。別の階の似たような廊下にオレを運んで、集中治療室と札を付け替えた空き部屋にオレを案内して見せ、適当な筋書きをでっち上げて、オレをかついで。
 腕時計の針なんか簡単に動かせる。今が真夜中なら病院の中が静かなのも納得がいく。ベッドに寝ている野草は、たぶん人形なんだ。すごく精巧に作られた、呼吸しているように見せることができる蝋人形。
 そうじゃなかったら、あの爆発すらオレを騙すためのニセモノだったのかもしれない。あの場所にいたのは野草じゃなくて、精巧な野草の人形で、今ここに寝ているのが本当の野草なんだ。
  ―― 言い訳を考えて、考え続けて、オレはどんどん深みにはまっていった。どんなに考えても、何かがちぐはぐで、歯車が合わない。……勝てないのだ。シーラが言った、「ここは野草の夢の中」という言葉に。どれだけ考えたところで、それ以上この状況にぴったりくる解釈なんて、思いつくことができないのだ。
 唯一対抗できる解釈は、ここがオレ自身の夢の中なのだ、ということだった。オレは眠っているのかもしれない。眠っていて、野草の夢の中にいる夢を見ている。
「……巳神、少しは落ち着いた?」
 シーラが言って、我に返ったオレは、どうやら自分が今までうろうろと病室を歩き回っていたのだということに気付いた。声に振り返ると、シーラはオレを見て少し微笑んで、やがて表情を引き締めた。
「あたし、これで行くけど、巳神はどうする?」
 シーラの様子は、オレの中で、さっきのアフルの行動と重なった。