蜘蛛の旋律・18
 目の前の女性はシーラと名乗った。オレは、野草の関係者で、シーラという名前の女を知っている。だけど、オレが知っているシーラは、野草の小説に出てきた登場人物だ。美人で、強力な変装能力と演技力を持つ、スパイ組織のチームの1人。
「シーラ、って……あの、スパイ小説の……?」
 言ってしまってから焦った。オレが知っているシーラは小説の登場人物だ。彼女がシーラという名前で、野草の友人なら、野草が彼女の名前と容貌を拝借して小説を書いたと考える方が自然なのだから。もしかしたら野草は彼女に内緒であの小説を書いたのかもしれない。たとえそうじゃなくても、オレがそうと口にすることで、彼女が気を悪くする可能性はあるのだから。
 だけど、シーラはオレの言葉をそう悪く解釈するようなことはなかった。むしろ、オレがそう言ったことを喜んでいる風にさえ見えたのだ。
「そう、そのシーラ。あたしのことはシーラで構わないよ」
 瞳がすごく綺麗で、素顔の彼女はどちらかというとかわいい感じの美人。動作も言葉も少し男勝りな感じがある。野草の小説のシーラはそんな風に描写されていて、目の前のシーラはまさに野草の小説のシーラそのものだった。年齢は18歳というからオレよりひとつ年上なだけだ。最初に見たときはもっと大人っぽく見えたけれど、今の彼女は年齢に即した子供っぽさも併せ持っている。
 オレが野草だったとしても、彼女が主人公の小説を書きたいと思っただろう。オレたちの知らないところで、野草はちゃんと友人関係を築いていたんだな。さっきのアフルもだし、このシーラも、野草のことを本当に心配しているのだから。
「巳神、さっきの質問の続きだけど、どうしてあなたがここにいるの?」
 どうやらシーラは、オレをそう呼ぶことに決めたようだった。