蜘蛛の旋律・19
 オレは、とりあえずシーラに椅子を譲って、さっきのアフルとの出来事を簡単にシーラに説明した。簡単に、とは言ったけれど、そもそもアフルとの出来事はそれほど複雑でも長時間でもなかったから、ほとんど全部と言えるだろう。廊下の長椅子のところでアフルと会話して、鍵を開けてもらって、病室に入った。アフルは野草の様子を見て、すぐに帰ってしまった。言葉にすればたったこれだけの出来事なのだ。
 シーラは途中口をはさむことはしなかったけれど、オレの話が終わったと見るや、今まで黙っていたことを吐き出すように質問してきたのだ。
「アフルが来たのは判った。でも、それじゃ巳神がどうしてここにいるのかの説明になってないよ。だって、アフルが来たのは、巳神がここに来たあとだってことでしょ?」
 ちょっと待てよ。シーラは本当にオレの話を聞いていたのか?
「オレが病室に入ったのは、アフルが鍵を開けてくれたからだ。それのどこがおかしいんだ?」
 オレが言うと、シーラはやっと納得したという風に苦笑いをもらした。だけど、彼女が次に言った言葉は、オレの想像とはまるでかけ離れたものだったのだ。
「ごめん……。なんか根本的に噛み合ってなかったみたい。あたしが聞きたかったのは、『どうして巳神がこの世界にいるのか』ってことだったんだ。……巳神は判ってなかったんだね。ここ、今あたしたちがいるの、巳神が今までいた世界と違うんだよ」
 シーラがそう言った瞬間は、オレはいったい何を言われているのか、さっぱり判らなかった。
 ……そうだ。オレはずっと感じていたじゃないか。違和感、非現実、全身火傷の野草はきれい過ぎて、病院の中はあまりに静か過ぎる。常識的には考えられない状況。医者も看護婦も、入院患者もいない。いるのは静かに眠る野草と、アフルと、シーラとオレだけ。
 異次元。パラレルワールド。 ―― 冗談じゃない。SF用語じゃないか!
「……シーラ、ここはいったいどこなんだ……?」
「薫の夢の中。……ていうのが、一番近いのかな」
 シーラは、少し哀れむようにオレを見て、そう言った。