蜘蛛の旋律・17
 アフルが現われてからこっち、判らないことばかりだ。突然現われた女には誰かと間違えられるし、しかも彼女はオレの名前も知っている。彼女が野草の友人なら、オレの名前や顔を知っていたとしても不思議はない。夏には文芸部の合宿もあったし、写真も撮ったから、頭のいい人間ならオレの名前や容貌を記憶にとどめていることだってあるかもしれない。
 だけど、それでなんで、オレとその片桐信とかいう奴とを間違えたりするんだ? さっきの彼女の様子からして、その片桐とかいう奴と彼女とは、よく知った仲みたいじゃないか。そんなによく知っている片桐と、1度も会ったことのないオレと、そんなに簡単に間違えたりするものなのか?
「どうなの? あなた、巳神信市なの?」
 オレが黙っていたせいで、彼女はずいぶん苛立っているみたいだった。オレがうなずくと、彼女はひとつため息をついて、視線を外した。
「……ごめんなさい。間違えたりして。……ところで、どうしてあなたがここにいるの?」
 そう、彼女に訊かれて、オレは答えようとしたのだけれど、どう説明していいものかも判らなかったし、それに、オレの質問に彼女がまだ答えていないことを思い出したから、半分少し苛立った表情を作るようにして、オレは言ったのだ。
「あの、オレは巳神信市で、あなたがその片桐とかいう奴とオレを間違えたのは判りましたけど、オレはまだあなたの名前を知らないんですけど」
 ちょっと高飛車な雰囲気を持つ美人は、オレのそんな言葉に怒り出すのかと思ったけれど、そうはならなかった。たぶん、彼女は普段はそんなに高飛車でも、失礼な女性でもないんだ。ちょっと照れたような笑いを見せたから、オレの心臓はかなりの勢いで反応した。
「そう、か。あたし、まだ名乗ってなかったんだ。……シーラ。あたし、シーラっていうの」
 野草の関係者で、シーラという名前の女性を、オレは1人だけ知っていた。