蜘蛛の旋律・14
 入って左に、野草の寝ているベッドはあった。不思議と、生命維持に必要な装置の1つも置いてはなかったし、野草の身体は、全身火傷というにはきれいすぎた。制服をきちんと着て、やすらかに眠っていたのだ。あの爆発のさなかで、こんなにきれいでいられるはずはなかった。でも、人形やなにかでないことは、規則的に上下する胸の様子で明らかに判った。
 アフルはゆっくりと野草に近づいて、いたわるように、そっと、頬に触れた。
「薫……」
 オレは見えない何かに阻まれるように、その場から動くことさえできなくなっていた。非現実のベールに包まれているかのように、静かで、アフルの声しか聞こえない。
「……僕が、悪かったのかな……」
 アフルの表情は、静かだったのだけど、すごく辛そうに見えていた。アフルの言葉の意味はオレには判らなかった。もしかして、アフルは野草の彼氏なのかもしれない。そうでなければ、こんなに優しくいたわるように言葉をかけたり、眠る野草をこんなに辛い表情で見たりはしないだろう。
 今のアフルはオレの存在をまったく忘れ去っているかのようだった。
「……薫、僕は君を助けたいよ。君に死んで欲しくはないんだ。……君は、僕の命なんだよ」
 アフルの頬に一筋、涙が伝って、オレが胸を衝かれるように息を呑んだとき、アフルは不意に我に返るように表情を引き締めたのだ。
「巳神君、悪いけど僕は引き上げさせてもらう」
 そう、オレの名前を呼びはしたけれど、アフルはオレを見ることはしなかった。そして、まるで何事もなかったかのように、野草の病室を足早に出て行く。オレはしばらくあっけに取られて立ち尽くしていた。いったい何が起こったっていうんだ?
 独り病室に取り残されてしまって、どうすることもできないまま、オレは病室にひとつだけあった丸椅子に腰掛けた。