蜘蛛の旋律・13
 治療室の前は静かだった。あれほど医者や看護婦がたくさんいたというのに、その気配はこれっぽっちも感じられなくなっている。オレは心のなかで身震いを1つした。まさか、死んじまったとか、そんな事はないだろうな。
「ああ、巳神君。薫はまだ生きてるから、そんなに心配しないでいいよ。だけど死ぬのもたぶん、時間の問題だと思うけど」
「なんだって!」
「大きな声を出すなよ。ここは病院だよ。まあ、気持ちは判るけどね。僕もまだ、薫に死んで欲しくないから。……あ、鍵がかかってる。ちょっと待ってね」
 野草が死ぬ。そんな、こんなに若くて、まだ高校生で、小説の才能を持った野草が……。どうしてそんなことが、こいつに判るんだ。
 アフルはオレの見ている前で、鍵穴を覗きこんだ。手を触れてもいないというのに、鍵の開く音がして、それがあまりに静かな廊下に不気味だった。
 オレはまさかと思った。まさか、超能力 ――
「そのまさかだよ、巳神君。僕には超能力がある。あの小説の僕そっくりにね。さ、ドアが開いた。入るよ」
 オレの心を覗いている。そんな……。こんな現実はおかしいのだ。これは現実じゃない。こんな夢物語のようなことが、本当に起こってたまるもんか。だけど……アフルストーンは現実に存在していた。目の前に、何の疑いもなく。
「入らないのかい? 入らなければ、生きた薫は2度と見れないよ」
 オレは覚悟を決めて、アフルが開けてくれたドアの中へと、足をふみいれたのだ。