蜘蛛の旋律・11
 オレはどうやら、少し眠ってしまったらしかった。頭を打つと、ぼうっとして、眠くなるらしい。時計を見ると、まだ7時20分だった。うとうとしただけのようだ。
 見回すと、病院の様子は少し変だった。何だか妙に薄暗かった。それに、あれだけ騒がしかった集中治療室の喧騒が、嘘のように消え去っていた。オレはおかしいと思った。だけど、ぼうっとしたままのオレの頭は、それがどうしてなのか、考えるのを執拗に拒みつづけていた。
 そうしてオレが、その役立たずの脳細胞と格闘していると、階段のある方から人が歩いてくる足音を聞いた。オレがその足音のする方を凝視していると、やがて遠くに、1人の男が姿を現した。
 年はオレと同じくらいだった。少し長めの髪。身長は高くなかった。オレが175くらいだったから、たぶんそれよりは低い。170前後だろうか。それなりに均整のとれた体つきに、GパンとTシャツ、それにクリーム色のジャケットを羽織っていた。
 そいつはオレに近づいてくると、オレの目の前で立ち止まった。優しそうな瞳に、少しの愁いを浮かべながら。
「君は……。巳神……信市君……?」
 オレは驚いて彼を凝視した。オレは彼に会ったことはなかったはずだ。一度でも会ってたら、こんなに印象的な人間を忘れるはずはない。
 オレが黙っていると、彼は微笑を浮かべて言った。
「ああ、驚かないで。僕には薫の関係者は判るんだ。薫はよく、君のことを考えていたから。……僕はアフルストーン。アフルって呼んでくれればいい」
 オレは少し、頭の中がパニックぎみだった。少し整理をつけてみよう。彼は野草の友人かなんかなんだな。彼氏かもしれない。オレのことを知っていたとしたら、たぶん、野草から聞いたんだろう。見るからに日本人なのにアフルストーンなんて名前なのは気になるけど、きっとあだ名かなんかで、別に深い意味はないんだ。だけど、アフルストーンていう名前は、どこかで聞いた。