蜘蛛の旋律・9
 それにしても、野草に悪いことをしてしまったな。野草が外にでたかどうか、オレは見てなかったけど、老人がそう言うんだったら外にいるんだろう。今日は野草は本を探すつもりはなかったんだろうから、野草の貴重な時間をオレの老人との会話でかなりつぶしてしまったことになる。一言謝らなければと思って、オレは外に出た。
 外は既に薄暗かった。大分日が短くなっている。オレはキョロキョロと野草を探したが、その姿は付近に見当らなかった。まさかオレを置いて帰った訳でもあるまいから、きっとどこかにいるだろうと思って、近くの店や路地を丹念に探した。だけど、野草の姿はどこにもなかった。
 オレと入れ違いに本屋に戻ったのかもしれない。そう思って、また本屋の前まで戻ってくる。すると野草は、あの本屋の中で、老人と話をしているところだったのだ。
 オレはもう一度本屋に戻ろうとした。その時野草はオレを振り返り、そして、驚愕の表情を浮かべたのだ。
 そしてそのつぎの瞬間。
 どーんという大音響。オレは強い風によってふき飛ばされた。本屋が爆発したのだということを悟ったのは、約2秒の後だった。身体をしたたか地面に打ちつけられ、クラクラする頭で見上げた風景は、木造の古本屋がごうごうと炎を上げて焼けている姿だった。
 逢魔が時。オレが最後に見た野草は、オレを見つめ、驚きに目を見開いた表情。あまりオレが見たことのない、野草のまっすぐな視線だった。