蜘蛛の旋律・7
「この本棚を探してみなされ」
 オレは何か言わなければならないと思った。それは今の場合、本の題名だ。題名も判らずになぜ老人はここへ案内したのだろう。だから、オレは言いたかった。だけど、老人にさからうことは出来なかった。
 しかたなく、オレは本棚を探した。少し探して、ここにはないと言おうと思ったんだ。そうして本棚を見回して……オレは自分の目が信じられなかった。『蜘蛛の旋律』は、この本棚にあった。
「ありましたじゃろ。ここにはたいていの本はあるからの。特に、探している本はな。珍しい本、古い本。どの本屋にも置いてない本だけを集めてあるんじゃよ。薫嬢ちゃんの趣味のような本屋じゃからねぇ」
 老人はふぉっふぉっふぉっと笑って、オレに背を向けて歩いていった。オレは本棚から『蜘蛛の旋律』を取り出して、老人の後について歩いた。老人は隣の本棚で足を止めると、本の埃を払いながら話し始めた。
「このあたりの本は嬢ちゃんが中学生のころに欲しがってなあ。あのころは客が多かった。あんたは嬢ちゃんの友達かね」
 尋ねられて、オレはどきりとした。1テンポ遅れたが、うなずいてみる。
「そうです」
「そうかね。友達かね。嬢ちゃんが友達をつれてくるのは初めてじゃ。そうかい友達かね」
もう一度、ふぉっふぉっと笑って、老人は隣の棚に行った。オレは金を払わないかぎり帰れないから、しかたなくついて行く。本当はこのじいさんの話なんかにつきあいたくはなかった。早く帰って、『蜘蛛の旋律』を読みたかった。