永遠の一瞬・62
「タケシ」
 シーラの頭越しにタケシに手を伸ばすと、言いたいことが判ったのか、背中に枕を当てて少し上半身を起こしてくれた。腕の痛みは感じてるけど、意識を逸らしてれば耐えられないほどじゃない。利き腕だから、反射的に使おうとしそうで、それがちょっと怖いか。シーラが左側にいてくれてよかった。おかげで頭をなでることが出来る。
「ええっと、状況はどうなってるんだ? オレが車の中で眠っちまって、そのあとどうなった? ホテル側に疑われるようなことは?」
「覚えてねえのか?」
 タケシはちょっと目を見開くようにして、やがてため息をついて言った。
「お前、駐車場からフロント脇のエレベーターまで、自力で歩いたんだぜ。だからホテルにはぜんぜん疑われてねえよ」
「そうなの?」
「ああ。エレベーターの中でぶっ倒れたんだ。……ったく、たいした精神力だよ、お前は」
 よくもまあ、あの状況で自力で歩けたもんだ。自分のことながら信じられないな。さては狐でも憑依してたか。
「それで?」
「今朝のうちに機材は車ごと本部に返してきた。これからオレはホテルをチェックアウトしてシーラの車を取ってくる」
「悪いね、オレが動けなくて。まだ運転は出来そうにないわ」
「さっきまで死にかけてた奴はおとなしく寝てろ」
 ハイハイ、判りましたよ。……心配かけたんだろうな。タケシは何も言わないけど、ほんとは訊きたくてうずうずしてるんだろうな。オレがどうしてこういうことになったのか。本部がなぜ盗聴器を仕掛けて、オレが誰に毒矢で狙われたのか。
 だけど訊かないでいてくれる。ほんと、ありがたい男だよ、お前は。
「シーラを連れてけよ。幸いオレの方は心配ないみたいだし」
 車を2台も取りに行くんだからな。1人じゃ何往復もしなくちゃならない。
「午前中に一度行ってお前の車は取ってきてある。あと一台くらいなんてことはねえよ。……じゃ、行ってくる」
「判った。よろしくね」
「行ってらっしゃい、タケシ。……ごめんね」
 ずっと泣き続けてたシーラも、ようやく顔を上げてタケシを見送った。軽く片手を上げてタケシが部屋を出てしまうと、シーラは振り返ってオレを見上げる。
 シーラの視線は、いつもオレが恐れていた、あの表情をしていた。