記憶�U・95
 ボスは3時間と言ったけれど、実際は1時間余りで、オレたちは食料を調達することができていた。この食料は、以前ボスが駄蒙に指示して隠させたものだ。駄蒙は判っていてボスをあの場所に追放したのだろうか。
「 ―― 星が綺麗ね」
「うん、そうね」
 ミオとサヤカは寝転んで、頭上に輝く星を見ていた。災害のあと地下に閉じ込められ、最初の革命の後ずっとあの建物に監禁されていた2人にとって、地上で星を見るのは久しぶりのことだった。東京の空は以前とは違う。空気もきれいになったし、空は広く、地上に無駄な明かりもない。夜空の星はことのほか綺麗で、少女たちの心を和ませるには十分だったことだろう。
「駄蒙は本当に裏切ったのか?」
 事実は、明らかにそうだった。オレが聞きたかったのは、ボスがあのとき駄蒙に感じた真実だった。
「そう思って間違いないでしょうね。これから先、たとえ私たちが皇帝を倒し、彼に戻って欲しいと懇願したとしても、おそらく彼は戻りません。永久に私たちの敵として振舞うと思います。駄蒙はそういう道を選んだのです」
「葛城達也に感化されたのか?」
 振り返ったボスの表情は明るく、牢の中で見せたような迷いはなかった。ボスは間違いなく見つけたのだ。あの時見つけられなかった真実を。
「以前、葛城達也のことを2人で話していたとき、駄蒙は言っていました。葛城達也は敵を必要としていると。そのためにコロニーを迫害しているのだろうと。駄蒙は葛城達也を自分に置き換えてそう言いました。戦う者の闘争本能は、敵を必要としていると。
 駄蒙は戦う者なんですよ、伊佐巳。3年前、コロニーのセレモニーであなたは駄蒙と戦いましたよね。おそらく同じ闘争本能はあなたにもあるのでしょう。……だから、なのだと思います。駄蒙は、私とあなたを、敵に回したかったんですよ」
「……そんな理由なのか? それだけの理由で、駄蒙は親友を、コロニーを裏切ったのか?」
「駄蒙と皇帝との詳しい経緯は判らないので、果たしてそれだけかどうか、私に知る術はありません。でも、私はそれだけの理由で、十分納得できるんです。……私と駄蒙は、相協力してさまざまなことをしてきましたけれど、互いに刺激しあって互いを高めてきたことも事実です。切磋琢磨という言葉を使いましたね。今回のことは、その延長に過ぎない。私はそんな風に思えるんですよ。駄蒙が1番心配しているのが、私の身の安全です。私は肉体的にはそれほど強靭ではないのに、敵ばかりがむやみやたらと多くなるような生き方をしていますからね。これまでは、駄蒙が傍にいて守っているのが1番安全でした。……でも、今はあなたがいる。駄蒙に匹敵する強靭さを持ったあなたが。
 駄蒙は、私と戦いたかった。今まで片時も離れず傍にいて、互いを補い合っていた私と。……それを知った時、私も思いました。私もおそらく、いずれは駄蒙と戦いたいと思っていたのだろうと」
 オレには、ボスの言葉を実感として理解することはできなかった。
 だが、そういう友情の形もありうるのかもしれないと、ボスの晴れやかな表情を察した。