記憶�U・94
「じゃあ、約束もしてもらったし、そろそろボスを探しに行こうか」
「……その必要はないみたい。あれ、たぶんボスとサヤカでしょ」
 ミオが指差した方を振り返ると、確かに2人が歩いてくる姿が見えていた。あたりはかなり暗くなっている。声をかけずにいたところを見ると、彼らもオレたちに遠慮する気持ちがあったのかもしれない。
「サヤカ!」
 ミオが駆けてゆくと、サヤカの方もボスの隣を離れて同じように駆けてきていた。オレもそちらの方に歩いていく。2人はちょうど中間点で合流した。
「ミオ、どうだった?」
 ミオが親指を立てると、サヤカは笑顔でミオの肩を叩く。
「やったね」
「サヤカは?」
「うーん、まあ、とりあえず」
 そう言ってサヤカは親指と人差し指で小さな丸を作った。
「よかったね!」
「うん! ありがとう」
 そうして笑い合う2人はまだまださっぱり子供のままだ。いったい何の話をしているのか。想像がつくだけに、妙に気恥ずかしいような、ほほえましいような気分になる。
 向こうから歩いてくるボスの方もどうやらそのようで、苦笑いを浮かべながらオレに近づいてきていた。
「彼女たちには先々の不安とかはないんでしょうかね」
「信頼されてるんだろうよ。せいぜい期待を裏切らないようにしないとな」
「伊佐巳、どうしました? 怪我ですか?」
 オレの腹を見て心配そうに言う。まあ、これだけ派手に穴が開いて大量の血がついていれば、誰でも心配するだろう。
「あとで詳しく話すが、とりあえず身体の方は問題ない。あるとすれば胃袋の方だけだ」
 オレは昨日の昼を最後に、食料も水も口にしてはいないのだ。
「ここにくるときに車を使いましたので、だいたいの現在位置は判っていますよ。あと3時間ほど我慢してください。おそらく調達できると思いますので」
 なるほど。葛城達也はオレを無造作に飛ばしてくれたけれど、ボスにはちゃんと車を使って、現在位置を把握できるようにしていた訳だ。
「地上を歩くのか? 皇帝軍は」
「ご存知ではなかったですか。皇帝は東京の厳戒命令を解除しましたよ。これからは地上を歩いても戦闘機で殺されることはないはずです。もちろん、東京から出ることはできませんが」
 ボスの言葉を聞いて、少なくともオレたちがしてきたことは、まるっきりの無駄ではなかったのだと知った。これも、1つの時代の終わりだ。東京はまだ解放されない。それは、これからのオレたちが勝ち取らなければならないものなのだろう。
「さあ、お嬢さん方。そろそろ少し歩きますよ。遅れないでついてきてください」
 そう、すっかり遠足気分の2人を促して、ボスは目指す方角に歩き始めた。