記憶�U・93
 告白されて、うなずくのも変な気がしたし、よろしくお願いしますとか頭を下げるのも間が抜けてる気がして、オレはミオの髪をかきあげて額にキスをした。このまま時間が止まっても悪くないと思う。ミオの傍にいるだけでオレは幸せだし、ミオもたぶん同じ気持ちでいてくれると思うから。
 この、たった1人の女の子に出会うために、オレはどれだけ長い時間を過ごしただろう。好きになった女の子はオレに振り向かなかった。1人は自殺して、もう1人は殺されてしまって ――
 正直、怖いと思った。もしもミオが死んでしまったらどうしよう。この子が死んだら、オレは絶対に生きていられないし、自分を許せないだろう。オレがもし、そんな悪運を背負っている人間なのだとしたら。
「伊佐巳?」
 オレは少し表情を変えていたのだろう。ミオは心配そうに覗き込んで言った。
「そうだ、伊佐巳、どこか怪我をしたんでしょ? 痛いの?」
 血染めの穴の開いた服を引いて、ミオはオレの腹部を探るようにした。……あんまりそういうことはしないで欲しいのだけど。そろそろ日は完全に落ちそうだし、本当ならボスとサヤカを再び探しに行かなければならない。
 半ばごまかすように、オレはミオを抱きしめた。
「ねえ、ミオ。これから先、オレたちはすごく危険な目に合うかもしれない。怪我をしそうになったり、食べるものがなくなって死にそうになるかもしれない。だからミオ、約束して欲しい。これからどんなことがあっても、君は自分だけを守る、って。オレの事を守ろうとしたりしないって。オレは自分のことは自分で守れる。君のことも守れるけど、君が自分の事を守ってくれないと、守りきれなくなるかもしれないから。……君が安全なところにいなかったら、オレは安心して行動できない。だから約束して。ぜったい、無茶なことはしない、って」
 筋が違うのは判ってる。ミオの安全を願うならば、オレはミオを葛城達也のところに置いてくるべきだったし、そもそも革命に参加すべきじゃなかった。今、ミオを失いたくないという気持ちに負けたら、オレは何もできなくなる。みたび革命を起こすことも、葛城達也を殺すことも。
「約束するわ、伊佐巳。……あたしがなりたいのはね、伊佐巳のお荷物でも、伊佐巳の弱点でもない。あたしはまだすごく弱くて、子供で、伊佐巳のパートナーには程遠いもの。だけど、いつか必ずあたしは伊佐巳の最高のパートナーになるから。伊佐巳に信頼されて、ミオに任せておけば大丈夫だって、言ってもらえるようになるの」
 この子は判っている。オレが不安に思っていることも、オレという人間の弱さも。
「あたしは自分が子供だって事、ちゃんと判っているのよ。だから伊佐巳のことを守ろうなんてぜったい思わないから安心して。天井から石が落ちてきたら真っ先に逃げるし、皇帝軍と会ったら隠れるし、伊佐巳がよそを向いた隙に伊佐巳の食べ物を横取りするかもしれないわ。だから、伊佐巳が心配しなければならないのは、あたしに食べ物を横取りされないことだけよ」
「……そうか。それだけでいいならずいぶん気が楽だ」
「そうでしょう? あたしより安心で、たくましい女の子は他にいないと思うわ」
 ミオが言うオレの最高のパートナー。この子がそうなるのは、それほど先のことではないのかもしれない。