記憶�U・92
 この、広い東京の瓦礫の中で、小さなオレと、小さなミオとが出会う確率は、いったいどのくらいなのだろう。
 向かう方角の正しさなど判らない。オレはミオに近づいているのか、あるいは遠ざかっているのかもしれない。おそらくミオもオレを探しているだろう。もちろん不安もあった。だけど、ここでミオを見つけられないはずなどないと、オレは自分の運命を信じていた。
 何度も声を張り上げてミオの名前を呼んだ。答えてくれ。オレの、たった1人の少女。
  ―― やがて、沈む夕日を背にして、小さな人影が見えた。
「ミオ!」
 あまりに小さくて、声も届かないくらい遠い。いったいどんな特徴が見て取れるというのか。それでもオレは確信して駆け出していた。人影も気付いて駆けてくる。足場の悪い瓦礫の海を、必死な足取りで駆けてくる。
「パパ!」
 声が聞こえて、不安そうな表情が喜びに変わる瞬間を見る。表情がはっきりと見て取れる位置まで近づいたとき、ミオは一瞬足を止めた。そのあと血相を変えてつまずきながら走ってくる。そんなミオを支えるように腕を伸ばした。その腕にしがみつくようにしたあと、ミオはオレを見上げて言った。
「パパ! どうしたの? 怪我をしたの? 誰にやられたのパパ! 達也がパパに怪我をさせたの!!」
 オレの服に大量に付着した血液を見て、ミオはまくし立てた。だけど、オレの方はミオがそう言うたびに無性に腹が立って、ミオの心配をやわらげてあげようという心の余裕を持つことができなくなっていた。理不尽な感情だったけれど、自分ではどうすることもできなかった。2度と聞きたくなかった。ミオの口から「パパ」という言葉を。
 ほとんど強引にミオを抱きしめてキスした。ミオは驚いて少し抵抗したけれど構わなかった。オレのミオだ。オレだけの、たった1人の、オレだけの女の子だから。
 絶対に放したくない。これから先、ミオが誰に恋をすることも許さない。2度と、オレをパパなんて呼ばせない。
 唇が離れたとき、ミオはいくぶん驚いた風にオレを見上げていた。
「オレはわがままだし、強引だし、たぶん乱暴だと思う。あんまり優しくないし、すごく嫉妬深い。ぜんぜん心なんか広くない。ミオが他の男の話をすればすごく腹が立つ。オレだけを見てなかったら、すごく悔しくて、強引だろうがなんだろうが絶対オレの方を向かせると思う」
 言いながら、オレはたぶん少し我に返るような感覚になってきたのだろう。自分が何を言っているのか、何を言おうとしていたのか、見失ってしまっていた。ミオの表情も変わっていた。少し目を細めて、微笑を浮かべて。
「……だから、つまり……よく判らないけど」
「 ―― 伊佐巳」
 名前を呼んで、オレの首にしがみつくようにして、キスをした。ほんの何秒か前にキスをしたばかりなのに、まるで初めてするみたいにドキドキして、自分で自分が判らなくなってしまった。唇を離したミオは、いたずらっぽい目をしていた。まるで年下の男の子を見ているように。
「どんな伊佐巳でも、あたしにはおんなじよ。……伊佐巳、あたしの恋人になってくれる?」
 なんだか、これから先、オレは絶対ミオには勝てないような、そんな気がした。