記憶�U・91
「 ―― 理由は、聞かせていただけないのですか? 駄蒙」
 ボスのよく通る声は、距離を置いているオレの耳にも届いていた。駄蒙と、後ろに従う皇帝軍は、微動だにせずボスに銃を突きつけている。
「俺は命が惜しい。それじゃ理由にならねえか」
「他の人間は納得できるでしょうね。でも、私は無理です。あなたにとっては、私の傍にいることが生きていることですから。私から離れてまで生きることを望む訳がないでしょう」
「そこまでうぬぼれているとはな。めでてえ男だお前は。こんな男のそばに30年もいたのかと思うと反吐が出るぜ」
「30年、ですか。そんなにも長い時間傍にいたのですね。私はあなたのことでしたらなんでも知っているつもりですよ。あなたが嘘をつくとき、どんな表情をするのか、もね」
 オレの視界にサヤカが飛び込んできていた。まだ、距離は遠い。彼女はボスの姿を見つけて、足場の悪い瓦礫の海を必死に駆けてくるところだった。
「俺には皇帝陛下がお前を超えた指導者だってことが判った。俺が今までお前の傍にいたのは、お前が俺の求める男だと思ってたからだ。だけど俺は間違ってた。俺が求めていた男は、皇帝葛城達也だったんだ。だからお前に見切りをつけた。そういうことだ」
 ボスはおそらく何かを察したのだろう。それ以上、駄蒙に何も言わなかった。しばらく沈黙があって、その間に、サヤカが2人の間に割り込んでいた。彼女はボスに突き付けられていた多くの銃口をものともしなかった。
「駄蒙! 実を殺さないで。あなたを殺したのはあたしだわ。あたしを殺しなさい!」
「サヤカ、どきなさい」
「実はなにも悪くないの。実はあなたを裏切ったりしてないわ。裏切ったのはあたしなの。だから恨むんならあたしを恨んで」
 ボスの制止を無視して、サヤカは駄蒙に迫っていた。だが、駄蒙の方はほぼ完全にサヤカを無視していた。もしかしたら、駄蒙はそうせずにいられなかったのかもしれない。
「コロニーのボス」
 それまで、絶対に呼ばなかった呼び方で、駄蒙はボスを呼んだ。
「お前がみたび皇帝陛下に楯突くというのなら、俺はお前の敵になる。お前の敵になってお前を殺す」
「……判りました。肝に銘じておくことにします」
 何か言おうとするサヤカの肩を掴んで制し、ボスは立ち去ってゆく駄蒙を見送っていた。そうして駄蒙と皇帝軍が見えなくなると、サヤカはボスを振り返り、いきなり抱きついて口付けしたのだ。ボスも応じていた。オレが後ろにいることを知っていたら、おそらくそういう姿を見せはしなかっただろう。
 恋人同士の邪魔をするのも無粋なので、オレはサヤカが来たのと逆の方角に歩き始めた。サヤカとボス、そして、オレがいる。おそらく近くにミオもいるはずだ。ミオはオレを探している。今、オレが探さなければいけないのは彼女だ。
 夕日の沈む方角に向かって、オレは歩いていった。