記憶�U・83
「……それは、本当か?」
「私が嘘を言って何の得があるんです。それに、人間観察は私の趣味のようなものですからね。信じるに足る話だと思いますよ。ミオのことでは、よくかおるにからかわれていましたよね。「娘の尻ばっかり追いかけてる変態」なんて言われて」
 返す言葉もなかったから、オレは黙って、自分の中の感情を見出そうとしていた。オレはずっとミオを娘だと思い、そう接していたつもりだった。だけどボスに言わせればオレはあの頃からずっと、ミオを娘として見てはいなかったのだ。オレはいつからミオをそういう目で見ていたのだろう。もしかしたら、初めて抱き上げたあの時から、オレはミオを娘と思っていなかったのだろうか。
「伊佐巳、あなたはずっと、葛城達也のようにはなるまいとして生きてきました。でも、たとえあなたが葛城達也のように生きようとしていたとしても、絶対に葛城達也のようにはなれませんよ。それはあなたが人間だからです。あなたと葛城達也とは、決定的に違うんですよ。……これから先、葛城達也の影を感じることがあったら、呪文のように唱えるといいですよ。オレは人間だ。オレは葛城達也とは違う。奴のようになろうとしても絶対に奴のようになることはありえない、とでもね」

 ボスは葛城達也に神を感じ、オレは悪魔を感じる。
 だけどオレは人間だ。奴になろうとしても、なるまいとしても、絶対に奴と同じになることはありえない。
 それは、オレが生きることを大切に思う気持ちを持っているからだ。
 理不尽な死を与えるものに対する怒りを持っているからだ。

「……ミオのことは、幸せにしたいと思っている。だけどオレには自信がない。オレと一緒にいてミオが幸せになれるかどうか、それが判らない」
「私に言わせればそんな自信を持っている人の方が怖いですけどね。まあでも、ミオが伊佐巳といて幸せだと言っているのなら、きっとそうなんですよ。私にだって判りません。しょせん他人の気持ちですからね。自分の気持ちだってよく把握できないのに、他人の気持ちなんてそう簡単に判りませんよ」
 おそらくボスはサヤカのことを言っているのだろう。人間観察は得意だというようなことを言いながら、やはり自分のことはよく判らないのだ。それが妙におかしくて、オレは久しぶりに笑った。
「サヤカがボスを好きなのは本当らしいな。さっきサヤカと話していて判ったことだけど」
「あの年頃の女の子ですからね。恋をするなという方が残酷ですよ」
「で、どうなんだ? 惚れられてる方としては」
「彼女には3年前に言ってあるんです。私はコロニーを解放するまでは、自分の幸せを追求することはできないと。……まあ、コロニーの大部分の人たちは葛城達也の庇護を受けられることになりましたから、解放されたといって語弊はないのですけれど。まだ、時間が必要ですね。自分のことを考えるには」
 サヤカの恋もなかなか前途多難らしい。オレはあのきつい目をした美少女を思い浮かべて、また少し笑った。