記憶�U・78
 カギの音が響いて、サヤカが歩き去る足音が聞こえていた。それからどのくらい待っただろう。おそらく2時間くらいは経っていたと思う。
 オレはすっかり空腹だったし、眠くなりつつもあったのだけど、そっと立ち上がってドアノブを回してみた。音を立てないように外開きの扉を押す。サヤカは約束を守って、ドアのカギをかけずにいてくれたのだ。
 扉を出たオレは、よく音の響く廊下を、できるだけ足音を立てないように歩いていった。その廊下の両側にはオレが出てきたと同じようなドアがいくつも並んでいる。しばらく歩くと「く」の字に曲がっていて、上りの階段が見えていた。
 この階段を上がれば、ミオがいる部屋や、オレが前に過ごしていた部屋などもあるのだろう。しかしその階段は無視して更に先に進む。と、また同じように曲がっていて、その両側にはドアが並び、どうやらその地下室が階段のあたりを中心にシンメトリの構造になっていることがうかがえた。
 オレはほぼ確信して、1番奥、オレがいた部屋からちょうど線対称の位置にある部屋の前で足を止めた。そして、ゆっくりとノブを回してみる。思ったとおりカギはかかっておらず、顔を覗かせると、不審げにこちらを見つめていたボスの視線と合った。
「……伊佐巳?」
「ああ。久しぶりだな。入ってもいいか?」
「ええ、どうぞ」
 ボスはオレよりも2歳年下で、今年30歳のはずだった。オレが覚えているよりもかなりやつれた顔をしていた。もともとそれほど身体も大きくはなかったし、コロニーの中で太ることなどできるはずもなかったから棒のように痩せてもいたのだけれど、この5日間で更に小さく細くなったようだった。だけどその知的で意志の強い目の表情は失われていない。オレが知らない5日間に多くのことがあったのだろうけれど、それはほんの少ししか表に現われてはいなかった。
「サヤカはカギをかけなかったんですね。私には何も言っていませんでしたけれど」
 ボスは誰に対してもそうした丁寧語で話していた。それはどれだけ気心が知れていたとしても変わらない。オレはそんなボスの物言いに、何となく安心感のようなものを感じていた。
「オレが頼んだんだ。今までボスは駄蒙と話そうと思わなかったのか?」
「サヤカが来られるようになったのが3日目でしたし、その前後は皇帝に呼び出されたり、この牢の中も落ち着きがなかったですからね。ようやく昨日あたりから落ち着き始めたんですよ。それまでは危険でとても牢を抜け出すことなんかできませんでした」
 あるいは、その頃の状況をオレが知っていたのなら、もう何日か様子を見ていたのかもしれない。ボスに言わせればオレの行動はかなり大胆だったのだろう。苦笑交じりの笑顔で、オレを見ていた。
「とにかく直接話せることは喜ばしいですね。願うのは邪魔が入らないことです」
「まあ、大丈夫だろう。そろそろ地上は眠る時間だ」
 それから、ボスは自分の5日間について、オレに話してくれた。