記憶�U・77
 あるいは、駄蒙は牢の中から逃げたか、それとも、葛城達也の側についたというのか。
 いや、たとえどんな条件を出されようと、駄蒙がボスを裏切ることなどありえない。あの駄蒙という男は、ボスを裏切るくらいなら命を捨てる方を選ぶ人間だ。
「サヤカ、君はどう思う?」
「正直判らないわ。でも、もしかしたら駄蒙は裏切ったかもしれないと思うわ」
「それはどうして?」
「たとえ裏切っていたとしても、駄蒙が生きている方がボスは楽だもの。駄蒙にはそういう選択肢もあったと思うわ。皇帝が国民の心を掴むためには、駄蒙を殺すよりもコロニーを裏切った駄蒙の存在を知らしめる方が、ある意味効果的かもしれない。駄蒙はコロニーのボスの側近だもの。……どちらにしても、あたしたちはもう駄蒙を取り戻すことはできないし、駄蒙のことを気に病む必要もないんだわ。この先、3回目の革命を起こしたとき、駄蒙があたしたちの前に立ちはだかるまで」
 この少女は駄蒙を嫌っていた訳ではない。むしろ大切に思っていたことだろう。駄蒙は無愛想で、感情を表に出すことはなかったけれど、サヤカのことを大切にしていたのは間違いなかったから。
 この子は今でも、駄蒙を殺したのは自分なのだと思い、償いをしようとしている。
「それについてボスはなんて言ってる?」
「伊佐巳の意見を聞きたい、って。葛城達也は駄蒙の裏切りを認めるような人間なのかどうか」
「……認めるさ、奴なら」
 むしろ奴の方から持ち出した話なのかもしれない。もしもそうだとしたら、駄蒙が裏切るまでの心の葛藤はすさまじいものがあっただろう。駄蒙の裏切りが事実なのだとしたら、オレはその裏切りが駄蒙の方からの話であることを祈りたかった。
「ボスは2日前に葛城達也と話しているの。でも、交渉なんて言えるものじゃなかったって、ボスは言ってたわ。見えない力で身体を拘束されて、頭の中を覗かれたの。まるで内臓に手を突っ込まれてかき回されてるみたいだったって」
 サヤカは自分の肩を抱きしめて身震いした。オレにも覚えがある。葛城達也のやり方はアフルとは違って、相手がどう感じるかなどまるで構わないのだ。
 奴はボスの駄蒙へのこだわりを見抜いたのだろう。だから駄蒙を殺すことにした。
「サヤカ、頼みがある」
 オレは、サヤカの手を握って、彼女を見つめた。その手には牢のカギが握られている。
「……判ったわ。任せて」
「ここには皇帝側の人間は来るのか?」
「地上の時間にしてお昼くらいかしら。1日に1度、食事を運んでくる人間がいるわ。あとは地下への通路に見張りが1人いるだけよ。このフロアの中で見張ってる人間はいないの」
「君はいつもどのくらいの頻度で来ているの?」
「1日2回、午前と午後に」
「好都合だ。助かるよ」
 サヤカは微笑んで、ドアを出て行った。