記憶�U・75
「逆なのよ、伊佐巳。あたしはミオがいなかったら今日まで生きていられたかどうか判らない。ミオがいたから生きていられたの。ミオが辛い役目を全部引き受けていたの」
 サヤカの目が輝いて、オレは胸を打たれた。おそらくミオも同じことを言うのだろう。サヤカがいなければ生きていられなかったと。
「あたしは伊佐巳に感謝しているわ。ミオを生んでくれたこと、ミオを育ててくれたこと、ミオを連れて東京にきてくれたこと。そのことでミオは1番辛い立場に立たされてしまったから、あたしはミオに幸せになってもらいたい。……伊佐巳、ミオはあなたのことが好きよ。判っている?」
 この少女に嘘はつけないな。観念して、オレは笑顔で答えた。
「……ああ、判ってる」
「あたしたちはいつ死ぬか判らない。常識も何もかもすべて壊れてしまっているし、コロニーの人間に戸籍なんかとっくにないわ。血の繋がりがない以上、あたしたちはただの人間で、男で、女だもの。あたしは絶対に後悔なんかしたくないし、ミオに後悔もさせたくない。伊佐巳が何にこだわるのか判らなくはないけど、ミオに後悔だけはさせないで。あたしたちには一瞬一瞬がすべてなんだから」
 サヤカの言葉はオレには重く、心に鋭く突き刺さった。この少女は自分の言葉でオレに語りかけている。3年前から、この少女はコロニーの希望だった。今でもそうだ。誰の心にも響く言葉を、この少女は持っている。
 オレは彼女にかなわない。おそらく、ボスもこの子にはかなわないだろうな。
「今度ミオに会うときまでじっくり考えるよ。ところで、ボスもこの近くにいるのか?」
 オレが言うと、それ以上ミオの話を蒸し返すことはなく、気持ちを切り替えるようにサヤカは言った。
「同じフロアの1番離れた牢に入れられてるわ。ここからでは声も届かないの」
「様子は?」
「駄蒙のことでかなり痛手は受けているけど、もともと表に出す人じゃないから、表面的には変わらないわ。本当だったら自分が殺されるはずだったのだから当然だと思う。何もできないことが1番辛いの。理屈では判っているから、余計」
 ボスと駄蒙の心の結びつきは、3年間共に革命を背負ってきたオレにはよく判っていた。駄蒙を殺すことに関する心の葛藤は、オレなどとは比べ物にならないだろう。
「実にとっては伊佐巳の存在の意味も大きいわ。駄蒙は心の支えだったけど、伊佐巳は駄蒙以上に革命の柱だったもの。ボスはむしろ伊佐巳が殺されなかったことに希望をもっているの。だから伊佐巳には期待にこたえて欲しい。あたしたちの3回目の革命のために」
「それはサヤカ、君の希望なのか?」
「そうよ。あたしは実を早く責任の重圧から解き放ってあげたいの。実は革命を成功させなければ幸せにはなれない。そして、実が幸せにならなかったら、あたしも幸せにはなれないから」
 今のサヤカには、矛盾もためらいもない。
 ミオはサヤカを見ていて、それで思うのだろうと判った。自分の幸せを追求する生き方が正しく、そういう人間には矛盾がなくて、そうでない人間よりもはるかに優しくなれるのだと。
 オレはサヤカの希望をかなえたいと思った。誰のためでもなく、オレ自身のために。