記憶�U・71
 ミオの唇がオレを求めていることが判ったけれど、オレは反応できなかった。ミオを愛しいと思う、15歳のオレ。ミオを愛する32歳のオレ。その2つの心がせめぎあい、形を無くした。自分の心が判らなかった。
 この子は、いったい誰だ? オレの娘である記憶と、オレの恋人だった記憶を持つこの子は……
 ミオはどう思っただろう。キスをやめて、オレの目を覗き込んだミオの表情は、先ほどまでとほとんど変化はなかった。
「パパ、……パパはどっちがいいの? あたしが娘の方がいい? それとも、恋人の方がいい?」
 ミオの気持ちを知る前なら、あるいは答えは決まっていたかもしれない。
「……ごめん、ミオ。オレには判らない。ミオの気持ちは判ったけど、自分の気持ちが判らないんだ」
 オレは少し混乱していた。一気にいろいろなことを聞きすぎて、考えることが多すぎて、メモリが足りなくなっている。オレには時間が必要だった。自分を構築しなおす時間が必要だった。
「あたしの気持ちを判ってくれたのならいい。……あたしね、今が1番幸せなの。パパがあたしの傍にいてくれて、あたしのことを愛してくれて、あたしはパパのことが1番好きなんだって、素直に言える。パパがあたしの気持ちを判ってくれる。……15歳の伊佐巳は、あたしが誰の娘でも、あたしがどんな名前でも関係なく、あたしだけを見て好きになってくれた。そんな15歳の伊佐巳もパパの一部だもの。パパがこれからどちらを選んでも、あたしは変わらない。約束したから。15歳の伊佐巳を、あたしは忘れないわ」
 ……たぶん、オレの中でも答えは出ているのだ。だけどオレはそれをミオに告げる決心がつかなかった。初めて、オレを選んでくれた女の子。オレはこの子に恋をして、1つになりたいと思った。オレ自身がこだわるもの。そのすべてを排除することができたら、オレは素直にこの子を受け止めることができるだろう。
「……オレも、忘れてないよ、ミオ。これからも絶対に忘れない」
「本当に?」
「オレがこれから恋をする女の子は、ミオ以外にはいない」
「……じゃあ、信じてあげる」
 そう言って、ミオはオレから離れた。

 いろいろなことを思う。
 オレが抱く常識は、偽の記憶を植え付けられて偽の人生を歩き始めたときから、少しずつ育まれてきた。
 オレはさまざまなものに歪められて、自分の真実を見極めることさえできずにいる。
 記憶のないことに苛立っていたあの頃が1番、オレはオレの真実に忠実に生きていたのかもしれない。

 ミオが部屋を出て行って、オレは風呂に入った。
 いよいよ、オレのこれからが、葛城達也によって決定される。
 オレとコロニーの運命が決まるのだ。