記憶�U・69
「……美人、なんだ、サヤカは」
 ミオは半ば呆れたようにため息をついて、苦笑いで返した。
「なんとなく知ってたけど、改めて確認。パパって、女の子の顔に興味ないでしょ」
 ……言われてみて思い出すと、オレが過去に恋をした女の子は、みんな世間並みかそれ以下だった気がする。一般に美人と言われる女性と知り合ったことがない訳じゃなかったけれど、オレはその人が美人だということが周りに言われるまで気がつかないのだ。子育てに必死になっている頃、あとから思えばお見合いだったかもしれないような席に引っ張り出されたことが何度かあった。紹介してくれる知人はその人を美人だと褒めそやすのだけど、オレの方はそう言われて初めて気がつくようなありさまだった。
「あたし、よく連れて行かれたのよね、パパのお見合いに。隣のおばさんとか、ハンサムのパパに似合うようにきれいな人ばっかり連れてきたのに、パパは全然興味がないみたいで、おばさんよくあたしに愚痴をこぼしてたもの。……思い出した。あたし、パパのお見合い相手を葬り去る天才だったのよ。あることないこと相手の人に吹き込んで、諦めさせちゃうの」
 どうやらオレが気付かないところで、オレを再婚させる動きはかなり活発に展開されてたらしい。再婚とは言ってもオレは勝美と結婚していたわけじゃないのだけれど。
「オレはそうとう鈍かったらしいな」
「そういうところも伊佐巳の魅力の1つだと思うのよね」
  ―― そう、言葉が発せられた瞬間は、言ったミオも、言われたオレも、気付かなかった。
 そうだ、いつからだ? オレはいつからミオに対して「パパ」と言わずに「オレ」と言っていた……?
 オレの沈黙に、ミオも気付いていた。自分が父親のことを「伊佐巳」と呼んでいたことに。
 2人の間に緊張が流れていた。触れることを恐れていた。15歳の伊佐巳を封じ込めたあの時から。
「……ミオ」
 オレが声をかけると、ミオは少し緊張を解いて、微笑を浮かべた。
「ミオは、そう呼びたいのか?」
 ミオの微笑みは、けっして父親に対するものではなかった。オレが恋をした少女の、オレのことを好きになると言った時から少しずつ変化してきた、たった1人の男に対する微笑。
「……どちらでもいいわ。あたしには同じだから。パパも、伊佐巳も」
 オレは何も答えることができなかった。呆然と見守る前で、ミオは絡ませた腕に力を入れた。
「……子供の頃、ね。まだ小学生になったばかりくらいの頃、ハルちゃんに打ち明けたことがあるの。あたしは大きくなったらパパのお嫁さんになるんだ、って。ハルちゃんは「パパのお嫁さんにはなれないんだよ」って言った。でも、それがどうしてなのかはハルちゃんにも判らなくて、2人で一生懸命考えたのよ。そのうちハルちゃんが「パパにはママがいるからだよ」って言ったの。だからあたし、安心した。うちにはママがいないからハルちゃんとは違う。あたしはパパのお嫁さんになれるはずだ、って」
 ミオはずっと微笑みながら話していたのだけれど、その声はオレには切なく響いた。