記憶�U・67
 人間は誰のために生きるのか。オレにはその基本がなかったのだ。人間が生きるのは、自分のためだ。自分の幸福のために、人間は生きている。
 好きな人に振り向いてもらいたい。好きな人を幸せにしたい。そうすれば自分が幸せになれるから。好きな人が不幸だったら、自分も不幸になる。オレが不幸になったら、オレのことを好きなミオも不幸になる。だからオレは幸せにならなければならない。ミオを幸せにするためには、オレが幸せにならなければならない。
 誰かを不幸にしたら、オレは不幸になる。ミオを幸せにするためには、誰かを不幸にしてはいけない。だけどその誰かのためにミオを不幸にしてはいけない。たとえその誰かを不幸にしても、その償いを一生背負わなければならないのはオレだ。
 ミオは自分のために、駄蒙を殺すことを選んだ。自分のために選ばなければいけない命もある。
「ミオが、葛城達也を殺すのか?」
「達也に約束したの。いつか、達也を殺せる人間になるって。それだけの価値のある人間になるって」
「パパはお前にそんなことをさせたくないよ」
「うん、でも、あたしがしなければならないことだから。誰かが達也を殺さなくちゃならない。その誰かに、あたしはならないといけないの」
 自分の心のために、ミオはそう言い聞かせなければならなかったのだろう。ミオがそう決心したのは、もしかしたらオレのためなのかもしれない。
 オレが葛城達也の影を背負っているように、ミオはオレの影を背負っている。オレはこの子のために、いったい何をしてやれるだろうか。
「食事を片付けてくるわね」
 ミオはそう言って部屋を出て行った。オレは少し身体を動かしながら、ベッドのところまで行って座り込んだ。ミオとの話で、オレの中での視点は180度変化していた。その変化したものをひとつひとつ確認しながら、目を閉じる。
 ミオの幸せを、自分の幸せという視点で見るのは初めてだ。オレはミオを幸せにしたいけれども、オレが不幸だったらミオは絶対に幸せにはなれない。かといって、オレの幸せは何かといえば、ミオの幸せなんだ。ミオが幸せになれば、オレは幸せになる。
 ミオを幸せにするためにオレが不幸になるのでは意味がない。ミオの命のためにオレが死んだら、ミオは不幸になるだろう。ミオが言うようにオレが死んだらミオも死ぬとは思わないけれど、傷が癒えて新しい幸せを見つけるまでに時間がかかるだろうことも事実だ。オレには自分1人死ぬことは許されない。
 今のオレが1番しなければならないのは、何を置いてもまずは生きることだ。葛城達也を殺すことでも、駄蒙を救うことでもない。コロニーの人々は葛城達也が生命を保証している。オレは本当に駄蒙の命を背負うことができるのだろうか。
 生命の選択には罪悪感と嫌悪感がある。その嫌悪感は、オレが葛城達也に持っているものだ。オレは葛城達也と同じになることを拒否している。それも、オレの背負う影なのか。この影を消さない限り、オレが葛城達也を超えることはできないのか。
 自分の命のために誰かを犠牲にするのは善か。
 間違いなく悪だ。だけど、悪を許容しなければならないときもある。
 オレは生きなければならない。あとどのくらい生きたら、オレはすべての罪を許されるのだろうか。