記憶�U・66
「ミオはそれを、すごく判りやすいと思うんだな?」
「ええ、すごく単純で判りやすかったわ。パパはそうじゃないみたいね」
「少し言葉が足りないかな。もう少し話してくれるか?」
「判ったわ。……達也は自分が妹の心を欲しくて、妹が喜ぶように、妹に嫌われないようにしているの。あたしを幸せにしたいのは、あたしが勝美よりも幸せになれば、妹が勝美を殺した罪の意識が半減すると思っているから。同じように、日本の皇帝になって日本を前よりもいい国にしたいのは、それで妹の罪が少し軽くなるからだわ。達也の基本は、自分と妹の命と幸福、それだけなの。だから、はっきり言ってその他の人間はどうでもいいの。死のうが生きようが、幸せだろうが不幸だろうが、達也には関係ないのね。だから、自分と妹の幸せに関係する人を生かしておいて、関係ない人は死んでしまってもいい。……あたしは達也と妹の幸せに関係があるわ。だから生かしているし、幸せにしようとしてる。パパはあたしの幸せに関係があって、あたしの幸せは妹の幸せに関係があるから、パパは殺さない。サヤカの幸せはあたしの幸せに関係があるから、達也はボスを殺さない。でも、駄蒙はあたしの幸せに少ししか関係がなくて、これから先の日本の統治にものすごく関係があるから、駄蒙は殺さなければならないの。日本の統治が妹の幸せに深く関係するから。……例えば、今ここに達也の妹が現われて、2人で一緒に無人島で暮らしたい、って言ったら、達也はあっさり日本を見捨てるわよ。達也がいなくなったことでこれから何千人死のうとね。そのくらい徹底しているの」
 オレは、ずっと疑問に思ってきたことを、口にした。
「ミオは、そういう葛城達也を正しいと思うのか?」
「ええ、基本は正しいと思うわ。パパは違うみたいね」
「人間をこれだけ殺しておいて、それでも奴は正しいのか?」
「達也は力があって、たくさんの人間の命に影響を与えている。でもそれは達也の力が大きすぎるからだわ。あたしね、達也がこういう単純な人なんだって判った時、自分の中にあったいろいろな矛盾が解けたの。だから、あたしも達也のように生きようと思った。そして、地球上のすべての人間が達也のように生きていたら、それが普通になったら、世の中の矛盾がずいぶん減ると思ったの。……今のあたしは、達也と同じ。あたしには自分の命と幸福、それから、パパの命と幸福だけが、1番大切なの」
 オレにはどうしても判らなかった。ミオが言う葛城達也の正しさが理解できない。人を殺すことがなぜ正しいのか、それが理解できないのだ。世界中の人間が葛城達也のようになったら、人の命を命とも思わない人間が溢れて、世の中はめちゃくちゃになるはずだ。
「だったら、ミオは自分とパパのためなら、人を殺すことができるのか?」
「例えば理由もなくあたしが人を殺したら、パパはとても苦しむし、あたしを嫌いになるかもしれない。それはあたしの幸福でも、パパの幸福でもないわ。でも、そうするしか選択肢がなくて、その人を殺さなければパパが殺されることになったら、あたしはその人を殺すことをためらわない。……殺した後、あたしはものすごく苦しむと思う。毎晩悪夢を見て泣くと思う。でも、それしか方法がなかったから、そうしなければパパを失うことになったから、苦しんだとしてもあたしは後悔はしない。その人の命を一生背負って生きていく。
 ねえ、パパ。あたしは達也を正しいと思うけど、達也を許しているわけじゃないわ。達也にはコロニーの人たちを苦しめる理由があった、そのことを認めたの。達也は自分の正義のために駄蒙を殺す。今のあたしには駄蒙を殺すことを阻止することができない。でも、これから先あたしが強くなって、達也に対抗できるようになったら、あたしは必ず達也を殺して駄蒙の仇を取るわ。駄蒙や、東京で殺されてしまったみんなの。……そうしたらあたし、初めて駄蒙に許してもらえる気がする」
 その時オレは、ミオの言う正しさを理解した気がした。