記憶�U・65
「ずっと、話をしていたら、何を教えてもらったわけでもないのに判った。達也はすごく単純で判りやすいんだって事。……達也にとって、あたしは娘なの。勝美が娘だったから、勝美と同じあたしも娘なの。そして、あたしを愛する理由はそれで十分だったの。達也は勝美が生きていた頃、うまく勝美のことを愛せなかったんだと思う。だから達也は、勝美を愛するようにあたしを愛した。他の理由なんか一切必要なかった。……なんだか上手に話せないけど」
「ああ、大丈夫。判るよ」
「達也の考えることとか、行動とか、すごく理由がはっきりしているの。でもそれは前から達也がそうだったんじゃなくて、達也の父親が死んだ頃から少しずつ、達也は変わってきたんだと思う。それまでの達也は普通の子供と同じで、理由の判らない行動を自分で悩んだり、自分がしたことに後悔ばかりしていた。……妹をね、達也は愛したいんだと思うんだ。でも、子供の頃ちゃんと愛せなかったから、達也は今でも妹を愛せる自身がない。達也があたしを作ってくれたのは、妹が勝美を殺してしまった罪悪感を、少しでもやわらげてあげたかったからだと思うの。達也が今、人間を救おうとするのは、妹が地球を壊した罪悪感を少しでも減らしてあげたいから。今の達也の行動の基準は、全部妹のため。それが判ってしまうと、達也のすべての行動はぜんぜん矛盾しないんだって、判るのよ」
 ミオは、葛城達也と話すことでいろいろなことを知った。自分が勝美のクローンであることも。今、平常心で話すミオになるまでに、どのくらいの葛藤があったのだろう。オレはその絶望を知っている。思い出すたびにそんな出生を与えた葛城達也を憎く思う。
 オレを憎んだのだろうか。それとも、オレを憎むことさえできなかったのだろうか。
「達也は日本をいい国にしたいの。20世紀終わりの日本は、戦争も飢えもなかったけど、いい国ではなかったわ。妹の罪悪感をなくすためには、元の日本に戻しただけではダメなの。今までよりもずっといい国にして、彼女が地球を壊したことは間違ってない、今までよりもいい国になったことがその証だ、って、そう言ってあげたいの。そのために達也はずっと考えてた。いい国を作るためにはたくさんの人間が必要で、だから早い段階から埼玉を中心に救助活動を続けてきた。安定した生活をさせるために管理を徹底した。人口を減らさないためには必要なことだったわ。でも、達也の管理に慣れてしまった人間は、自分で考えるすべを無くしてしまう。だから達也にはコロニーが必要だったの。自分で考えることのできる人間。管理体制を壊す元気のある人間が。達也はコロニーを、日本の頭脳として位置付けているの」
 ミオが話す葛城達也の考えは、オレが考えていたものと同じだった。オレがそれを批判するのは、人の命の重みというものをまったく無視しているからだ。葛城達也に人の命を選別する権利はない。そう思うから、オレは奴を殺したいのだ。
 ミオは判っているのだろうか。同じものを知りながら、ミオはオレとは違う答えを見つけているのだろうか。
「でもね、パパ。厳密には達也はそれを、妹のためにしているんじゃないわ。達也は妹の気持ちが自分に戻ってくることを望んでる。だから、自分は妹のためにこれだけのことができるんだって、彼女に見せつけてやりたいの。自分は昔とは違う、これだけのことができる男になったんだ、ってね。達也は自分が妹の心を欲しいから、皇帝になったんだわ。理由はたった1つだけ。好きな女性に振り向いてもらいたいって、ただそれだけなの」
 オレには判らなかった、葛城達也というもの。その話を聞いて、オレの心の中は複雑だった。たったそれだけの理由で数千人を殺したのかという怒り。動機が恋愛にあるという意外性。ミオが言うことが果たして真実なのかという疑惑。そうと知ったミオがどう感じているのかという疑問。
 どちらにせよ、今の段階でオレが葛城達也を肯定することは不可能だった。