記憶�U・64
 記憶をすべて取り戻したあの瞬間、オレは2つの絶望に出会った。
 15歳だったオレは、自分がミオの父親だったことに絶望した。
 32歳のオレは、自分がミオの恋人だったことに絶望した。
 オレがその瞬間に15歳の自分を殺したのは、ミオの父親であることに絶望する訳にはいかなかったからだ。ミオは父親を愛していて会える瞬間を心の底から望んでいたし、オレ自身もミオの父親である自分に誇りと責任があった。時が経てばミオは新しい恋人を見つけることができるかもしれない。だけど、ミオの父親はオレだけだ。ミオが葛城達也を父親のように慕っていたとしても、生まれたときからの13年間を共有しているのはオレだけなんだ。
 ミオに恋していた自分を忘れてはいない。ミオにキスしたときの感動も覚えてる。思い出すだけで頭をかきむしりたくなるような稚拙で恥ずかしい記憶として生々しく残ってる。ミオの恋人だった記憶と、父親だった記憶。その両方を持ったままではどちらにもなれないのだ。そして、その両方になることはもっとありえない。
 アフルが呆れるのも当然だ。オレは自分のことしか考えてない。ミオだってオレと同じなのだ。ミオも、オレの恋人だった記憶と、オレの娘だった記憶と、両方を持って苦しんでいるのかもしれない。
(伊佐巳のこと、好きになってもいいかな)
 いったいどんな気持ちでそう言ったのだろう。この結末を半ば予期していて、それでもミオはオレを好きになると言ったのだ。
  ―― ドアの音に振り返ると、ミオがトレイを抱えて入ってくるところだった。
 オレはドアを大きく開けて、ミオからトレイを受け取った。
「ありがとう、パパ。お昼ご飯にしましょう」
「サヤカの様子は変わりなかったのか?」
「駄蒙のことで少し落ち込んでるけど、大丈夫よ。サヤカは強いもの。……それより、アフルはここにきたの?」
 食卓に座りながら、オレは答えた。
「今しがたまで話していったよ。オレの記憶にエラーがないかどうか、チェックしていった」
「……で? 大丈夫だったの?」
「精神崩壊を起こすような要因はないらしい。ミオにも心配をかけたな」
「よかった……」
 心の底からほっとしたような、安心したような笑顔で、ミオは言った。これほどまでにミオはオレの記憶障害に心を痛めていたのだ。
 この子を守りたいと思う。すべての心配や不安から、この子を守ってやりたい。
「ミオ、少し話してくれるか? お前の3年間のこと。……葛城達也はどんな奴だった?」
 食事に箸をつけながら、ミオは少し考えていた。その表情は特に曇ったり、嫌なことを思い出そうとしている風ではない。その表情だけでも、ミオが葛城達也に対してそれほどの悪感情がなかったことが伺えた。
「……そうね。すごく、単純な人だったわ。最初は判らなかったの。何を考えているのか、どうしてあたしと話をしたいのか。1番最初にね、あたしのことを娘だと思うって、そう言ったの。娘だから愛している、って。あたしはパパの娘で、達也の養女だった勝美の娘だけど、それだけでどうしてあたしを娘として愛しているのか判らなかった。あたし、毎日達也のところに行って、話をしていたの」