記憶�U・63
 ミオが既にオレを超えているという事実を、オレはさびしく思っていた。あの子にはもう父親は必要ないのだ。オレは結局あの子に何も教えてあげられない。葛城達也をねたましく思う。おそらくミオは、オレよりも葛城達也の方をより尊敬しているのだろう。
「これを言うともっと伊佐巳を落ち込ませそうな気がするけど」
「この際だから全部話してくれ」
「そうだね。オレにもそんなに時間が残されてるとは思えないし。……お前が妬んでるのは葛城達也だけじゃないよ。お前はミオに嫉妬してるんだ。父親を超えることのできるミオに。それと、葛城達也に愛されたミオに」
 いつものことだけど、アフルの精神分析は辛辣だった。
 オレにはどちらもできなかった。奴を超えることも、奴に愛されることも。アフルの言うことが真実だから、オレは正直腹が立って、だけどそんな自分に唖然として、言葉にすることができなかった。自分の醜さに嫌気がさした。オレは自分の娘を妬んでいるのだ。オレが育ててきて、だけどオレが育て続けていたら絶対に与えられなかったものを、自分の力で得た娘を。
 最悪の矛盾だ。だけどその矛盾は解かなければならない。それができなければ、今オレのことを世界一だと言ってくれるミオすらも失うことになるだろう。
「オレは他人だからね。どうとでも言える。確かに伊佐巳にはむずかしいことだと思うよ。だけど、ミオのことを娘だと思うのはそろそろ考えたほうがいいかもしれないぜ。それでなければ、お前は自分自身の目を狂わせて真実を見ることができなくなる。葛城達也のこともだ。お前が彼を父親だと思いつづけている限り、永久に真実は見えないよ」
 しょせん、親子は他人なのかもしれない。おそらくそれは真実なのだ。だけど、親子の絆はそう簡単に切ることができないのも真実だ。たとえどんなに葛城達也を他人だと言っても、絆はそう簡単に切れてくれない。葛城達也の影を消し去ることは簡単にはできないのだ。
 ミオとの絆も同じだ。まだ記憶が戻る前、ミオが自分の娘だと知らなかった頃なら、オレはミオを素直に尊敬していただろう。自分よりも先をいく人間として教えを乞うていただろう。対等の人間として。あのときの気持ちに再びオレはなれるだろうか。
 オレの記憶。記憶がなかった頃、オレは自分の記憶を取り戻したいと思った。だけど今、オレは記憶と引き換えに、自分の可能性を失ったのかもしれない。
「ミオの言う通りだな。伊佐巳、お前、暗いよ」
「……そうか?」
「考え方が後ろ向き過ぎる。もっと単純になればいいじゃないか。お前が1番大切なのはミオだろ? だったらミオのために真剣に考えて出した答えをいちいち後悔してどうするんだよ。あのときのお前は記憶を取り戻すことが自分にとってもミオにとっても1番いいと思ってたはずだ。その結果が“今”なんだろ? それを否定することは、自分の1番を否定することじゃないか。たとえ自分ひとりだけでも自分を肯定してやれよ。32年間生きてたお前も、記憶のなかったお前も、ぜんぶお前自身なんだから」
 ……まただ。アフルはオレの無意識を見せつける。オレは記憶のなかった自分を否定しようとしている。記憶のなかったオレは、ミオが自分の娘であることを知らなかった。オレが無意識で否定しようとしていたのは、オレの娘、ミオへの恋だ。
 真剣だったから、あれが真実だったから、オレは否定しなければならなかった。ミオの父親であることを思い出して、ミオに「パパ」と呼ばれたとき、この気持ちを殺さなければならないと思った。ミオがオレを超えていることを認めたくなかったのも、嫉妬を認めたくなかったのも、すべてはミオの父親でいなければならないというオレの無意識だったのだ。
「伊佐巳、ミオに恋していた気持ちを覚えているな」
「……オレは、あの子の父親だ」
「そうやって自分のことだけ考えてるうちは葛城達也も殺せないし、ミオを幸せにすることもできそうにないね」
 呆れたようにアフルは言って、部屋を出て行った。