記憶�U・62
 オレの思考や行動が、葛城達也の亡霊に操られている。確かにオレはずっと奴に操られてきた。奴の引いたレールの上にしか道を見出すことができなかった。だけどそれは、オレ自身がそれを認めている。
「伊佐巳、オレが言ってるのはぜんぜん違うことだ。……例えば、ミオに対するお前の考え方とかね」
 オレは、17年前にもそうしたように、アフルの言葉に黙って耳を傾けた。
「さっきミオが話したことに対するお前の思考は、それを象徴しているよ。お前は駄蒙とミオのどちらの命も選べなかった。その理由としてお前が適用したのは、ミオの考えが葛城達也の思考に類似しているというものだ。葛城達也に対する嫌悪と否定。その2つを持つお前は、思考パターンの中に葛城達也の考えや行動に類似するものに対して拒否する体勢を作ってる。だから葛城達也に類似した考え方に正しいと思われる部分があったとしても、それを吟味する前にすべて拒否してしまうんだ」
 アフルに言われて、オレはさっきの自分の思考の流れを反復してみた。言われなければ気がつかなかった。オレはミオが言った言葉に葛城達也の影響を感じて、それだけでミオの考えを拒否したんだ。あの時オレは、ミオの言葉をミオの考えとして捉えていなかった。本当なら、オレはミオの言葉をミオの考えとして受け止めて、それに対して是非を判断しなければならなかったというのに。
 葛城達也の影。葛城達也の亡霊。そういうことだったのだ。オレは自分の中の判断材料として、葛城達也という人間を否定するだけのパターンを自分の中に作り上げている。
「伊佐巳の中にある否定という判断基準は、正しいとか間違いとか言う前に吟味という過程を経ていない分だけ、歓迎できるものじゃないね。事実伊佐巳は自分の中に矛盾を山ほど抱えてる。伊佐巳はオレやミオのことを感化されたとか洗脳されたとか思っているようだけど、ミオは伊佐巳よりははるかに自分自身の判断基準を持っているよ。葛城達也の考え方を吟味して、正しいものを取り入れ、間違ったものは受け入れてない。だから伊佐巳には超えられない矛盾を解くことができるんだ」
 ……アフルの言葉は辛辣で、オレは絶句することしかできなかった。
 ミオはオレの娘だ。オレの影響を最大に受けて、オレの思考と似た思考パターンを持っていた。そのミオが葛城達也の影響を受けて変わったことを、オレは葛城達也の影響だけに焦点を当てて、受け手のミオの意思を無視していたのだ。ミオにはミオの人格があって、自分自身の考えがある。オレはそんな単純なことさえ本当に理解していたわけではなかったのだ。
 オレは、ミオを育てるとき、葛城達也のようにはなるまいと思った。子供を1人の人格として扱わないような身勝手な父親にはなるまいと。それなのに、オレには判っていなかった。ミオを1人の独立した人格と認めていなかったのだ。
「……伊佐巳、親の影を背負っていない子供なんかいない。オレたちは誰でも、親の影に囚われてる。その影は自分で気付いて破壊しなければならないものだ。それでなければ子供が親を超えることなんかできない。知らず知らずのうちに、親と同じことを繰り返してしまうことになるんだ。オレも最近になって判ったことだけどね。
 伊佐巳、ミオだってお前の影に囚われているよ。だけど彼女は気付き始めてる。気付いて、お前を1人の人間として見ようとしている。まだ、完全ではないし、実際親の影をすべて消し去ることができるのかどうかなんて、オレにも判らない。だけど、気付かなければ何も始まらないんだ。……単純なことなんだ。親も人間なんだって、そのことを認めればいい」
 オレが囚われている葛城達也。オレは奴を1人の人間として吟味しなければならない。拒否だけではオレは一生奴を超えることができない。オレがしなければならなかったのは、奴の考え方の正しい部分を認め、間違った部分を糾弾することだったんだ。
「……むずかしいな、オレには。ミオにかなわないわけだ」
「あの子はオレたちとは器が違うよ。オレも彼女がいなかったら気付かなかったかもしれない」
 アフルが誉めているのは確かにオレの娘なのだけれど、オレは娘に対する親友の誉め言葉を単純に喜ぶことができなかった。