記憶�U・61
 オレは立ち上がってアフルに駆け寄った。アフルはやはり多少やつれて見えたけれど、それでもオレを見ると微笑んでいた。
「大丈夫なのか? 身体は!」
「ああ、皇帝陛下がずっとついててくれたから。ずいぶんいいよ」
「無理はするなほんとに。オレのことでずいぶん力を使ったんだろ。今日くらいゆっくり休んでろ」
「まあ、そういうわけにもいかないよ。……座ってもいいか?」
「ああ」
 オレがまたベッドに戻って腰掛けると、アフルも隣にゆっくり腰をおろした。
 さっき、アフルはあんなに大量の血を吐いた。あれからまだそんなに経っていないだろう。大丈夫なのだろうか。アフルの身体は既に寿命を迎えているはずなのだ。
 以前、きいたことがある。アフルのような超能力者は、わずかな例外を除いてほとんどが30前後で死んでしまう、短命種なのだと。
「で、オレになんの用だ、アフル」
「伊佐巳の記憶に障害が残ってないかどうか、そのチェックをね。そもそもお前の記憶を消したのだって、それが目的だったわけだし」
 思い出した。5日前にオレの記憶を消したのは、オレに精神障害の兆しが出ていたからなのだ。オレ自身そのときのことをはっきり覚えているわけではない。だけど、今のオレはまったく正気だった。
「自分では正常だと思う。だから心配するな。今度こそお前のほうが危ないかもしれない」
「大丈夫だって言っただろ。オレだって自分の限界くらい判ってるよ。……頭に触れるから少しじっとしててくれ」
 アフルは1度言い出すと聞かないようなところがあったから、オレはおとなしく触れられるに任せた。しばらくアフルはオレの頭に触れ、目を閉じていた。オレはそんなアフルを、彼が目を開けるまで、ずっと見守っていた。
「……大丈夫そうだな。今のところ気になるようなエラーはないよ。今回のことが原因で精神崩壊を起こすようなことはないと思う。……ぜんぜん関連のないバグならいくつか見つけたけど」
「バグ? 記憶のか?」
「いや、精神の方。どちらかっていうとこっちの方が深刻だ。久しぶりにカウンセリングさせてもらってもいいか?」
 アフルはオレの心を覗いて、いったい何を見つけたのだろう。オレはさっきまでミオと話していて、自分自身に失望を覚えた。アフルがオレにカウンセリングが必要だと感じるのは、それかもしれない。
 アフルはオレの心の動きを読んでいるらしく、オレが答えを口に出すまでもなく、カウンセリングを始めていた。
「それもあるけどね。1番問題なのは伊佐巳、お前の皇帝葛城達也に対するアレルギー反応だよ。皇帝に関するあらゆる刺激に対する過剰反応とでも言うかな。バグよりもウィルスに近いくらいだ。それを取り除かない限り、お前は影の自分に操られて、自分でも気がつかないうちに本当の自分から程遠い行動を取り続けることになる。……お前の今の思考や行動は、知らず知らずのうちに葛城達也の亡霊に操られているんだ」
 その、アフルの言葉を、オレは即座に理解することができなかった。