記憶�U・60
 カルチャーショック。
 たった3年間、離れて暮らしていただけなのに、こんなにミオは変わってしまった。
 葛城達也は、こんなにもミオを変えてしまったのだ。

「パパ、あたし、顔を洗ってくるわね。なんだか泣きすぎちゃった」
 そう言ってミオは洗面所の方へ消えていった。オレはベッドに崩れ落ちるように腰掛けて、目を閉じる。ショックは大きかった。オレは自分の娘を理解することもできないほどの、その程度の男なのだ。
 この3年間、ミオを取り巻く環境はそれまでとはまったく違っていた。災害が起こる前、ミオの傍には常にオレがいて、その他のミオの人間関係はせいぜい同年代の友達か、学校の教師くらいだった。災害後コロニーに合流して、その後葛城達也の人質になってからは、ミオの傍にいたのは同じ年齢の親友サヤカと人質になっていたコロニーの女性たち、その他は葛城達也やアフルといった、いわゆる敵側の人間だった。ミオは葛城達也とコロニーとの掛け橋だった。それだけの環境の変化があり、ミオの中に掛け橋としての自覚が生まれていたなら、無理やりにでも自分を成長させなければミオは生きていくことさえできなかったのだろう。
 かわいそうなことをしてしまった。3年前、革命に敗れたコロニーにこの条件が出されたとき、オレは悩んだ。あの時はコロニーの全員が殺されても当然の状況だった。コロニーの女性たちを人質に差し出せば全員の命を助けると言った葛城達也の言葉に従うことしか、コロニーが生き延びる道はなかった。オレはあのときにミオをさらって逃げるべきだったのかもしれない。たとえコロニーの全員を殺されても。仲間としてオレを信頼してくれた彼らを敵に回したとしても。
 ミオの父親としての生き方をオレは最優先すべきだった。……今でも同じだ。オレにはミオの父親以外の生き方など、許されるはずがないのだから。
「パパ」
 洗面所から戻ってきたミオが、オレの背後から声をかけた。オレはミオの父親だ。オレの迷いをこの子に見せるわけにはいかない。
「どうした? 腫れは引いたのか?」
「うん、大丈夫。……ちょっと、出かけてくるわね。サヤカもパパのことを心配していたから。他のみんなも」
「そうか。……ミオ、サヤカに伝言を頼むよ。オレの娘をずっと励ましてくれてありがとう、って」
 ミオは少し照れたような微笑を浮かべた。
「判ったわ。必ず伝える」
「あと、もう1つ頼むよ。……アフルの様子を見てきて欲しい」
 オレの親友。立場は違ってしまったけれど、アフルはたった1人の、オレの親友だ。
「判った。……お昼までには戻るから」
 そう、言葉を残して、ミオは部屋を出て行った。ミオは父親の限界を知って落胆しただろうか。
 子供はいつか巣立っていくものだ。それはあたりまえのことだったけれど、16年前に小さなミオを抱き上げたあの記憶は、オレにそうと理解させることを拒んでやまない。
 おそらく誰でもそうなのだろう。どんな親でも、血のつながりがあるかどうかなど関係なく、その子を育てた記憶を持って初めて親になるのだ。
 その時、不意にオレは気配を感じて顔を上げた。
 たった今ミオが出て行ったドア。そのドアの前に、アフルが立っていたのである。