記憶�U・58
 葛城達也が人格破綻者であることは判っていた。オレは奴の非常識な振る舞いに馴らされ、驚かされながら、いつも心に刻み付けてきた。奴を常識で計ってはいけない。奴は悪魔だ。人を人とも思わないし、他人の心など思いやることはない。
 それでも、オレはいつも、まさか、と思う。まさかそんなことまで奴はできるのか、と。
 葛城達也は、オレの娘のミオに、一生消えない傷をつけたのだ。奴はミオに駄蒙の死を選択させた。ミオは一生苦しみつづけるだろう。「駄蒙を殺したのは自分なのだ」と思って。
 それは本来ミオが選択すべきものではないのだ。葛城達也がするべき選択なのだ。それをわざわざミオにさせる理由がどこにあるというのだ。最終的にコロニーの誰を葛城達也が殺したところで、ミオにはたったひとかけらの責任もないじゃないか!
 葛城達也を許さない。まったく持つ必要のない罪悪感をミオの心に刻み付けた葛城達也を。
「パパ!」
 立ち上がってドアに向かおうとしたオレにミオは必死でしがみついた。オレはそんなミオを見てはいなかった。
「殺してやる、葛城達也!」
「落ち着いてパパ! お願いだから今この部屋から出ないで! パパまで殺されちゃう!!」
「お前を傷つける奴はパパは絶対に許さない! 刺し違えてでも殺してやる!!」
「ダメなのパパ! お願い、あたしの話を聞いて! 駄蒙は全部わかってるの! 今パパが出て行ったら、コロニーのみんなが殺されちゃうの!」
 だけど敵は奴1人だ。捨て身で戦えばオレ1人でも殺せる可能性はゼロではないはずだ。
「達也のことはあたしが必ず殺すから!」
 その、信じられないミオの一言が、我を忘れていたオレを正気に戻した。この子はいったい……
 呆然とした頭でミオを見ると、ミオはオレを見上げて、それまでで1番真剣な表情で言ったのだ。
「パパ、あたしは全部わかってるの。パパがあたしのことをものすごく愛していてくれることも、だからあたしが傷つくのが耐えられないんだってことも。……みんな傷ついてる。サヤカも、ボスも、駄蒙に死んで欲しくなんかない。あたしだって駄蒙に死んで欲しくない。でも、みんな背負ってるの。だからあたしも一生背負っていかなければならないの」
 この子は……この子には覚悟があるというのか? 駄蒙の死を一生受け止めるだけの覚悟が。本当に判っているのか? オレの娘はたった16歳で、自分が殺した人間の命を背負っていこうとしているのか?
「ねえ、パパ。あたしはパパのことが1番大切なの。もしも達也がパパを殺したら、あたしも死ぬ。達也はあたしを殺せないの。だから達也は、パパを殺すこともできないの。あたしはサヤカが好き。もしもボスが死んだら、サヤカは生きてないかもしれない。そうしたらあたしがすごく悲しむから、達也はボスを殺すことができないの。……最初から、達也に選択の余地はないの。達也は自分の心のために駄蒙を殺すしかなかったの」
 葛城達也は、ミオを悲しませたくないというのか? そのためにオレを殺せないと? 信じられなかった。奴が、自分以外の人間にこれほど執着を見せるなどと。
「みんなが自分の心のために駄蒙を選んだの。そして、駄蒙も、自分のために死ぬことを選んだの。駄蒙にはボスの命が1番大切だから。……あたしたちはみんな、自分のために命を選んだ。だからお願いパパ。パパも、自分の心のために駄蒙の命を背負って」
  ―― オレの小さなミオは、いつの間にか、自分の足で歩き始めていた。