記憶�U・57
 オレはいつもチャンスを与えられてきた。15歳のとき、ミオの心をオレが掴むことができていたら、ミオが自殺を選ぶことはなかっただろう。勝美の文化祭の日、オレが勝美を守ることができていたなら、勝美が死ぬことはなかっただろう。コロニーが革命を成功させていたら、葛城達也を倒すことができただろう。葛城達也はいつでもオレにチャンスを与え、そしてオレはそのチャンスをいつも潰しつづけてきたのだ。
 葛城達也はレールを引き続ける。奴は権力者だった。権力を手に入れた奴を悪いとは思わない。奴はそれだけの努力をして権力を手に入れたのだし、それを支えているのは回りの人間だからだ。
 権力者が権力をもって未来を作る。理想のビジョンを描き、現実とのギャップを権力を使って埋める。葛城達也が描いている未来は、人類がよりいっそうの繁栄をするという、誰にとっても理想的な未来だ。そのために葛城達也は日本の復興に手を貸した。わずか3年で、奴は流通を回復させ、少なくとも40年前と同じ程度の生活水準を取り戻したのだ。もしも葛城達也がいなければ、日本がここまで来るのに10年はかかっていたことだろう。
 しかしそのことが逆に、葛城達也という完璧な指導者に頼り切る、現在の風潮をも作り上げてしまった。自分の有能さを見せつけることで、人々の小さな野心を奪ってしまった。その人々の野心の代わりに葛城達也が設定したのがコロニーなのだ。コロニーを起爆剤にして、皇帝葛城達也を倒させることで、葛城達也は人々の活力を復活させようとしていたのである。
 果たして葛城達也は間違っているだろうか。奴の前にはたくさんの選択肢があったことだろう。それらをすべて吟味した後、奴は自分に1番正しいと思われた選択をしてきたのだ。もしも奴が皇帝として名乗りをあげなかったら、日本の復興は遅れ、より多くの人命が失われていたのかもしれない。奴が東京を隔離し人命を奪わなければ、コロニーは革命を起こすほどの怒りを持たなかったかもしれない。
 葛城達也は自分が考えうる精一杯の事をしたのだろう。だけど、オレは奴が正しかったとは、どうしても思えないのだ。人の命は数字ではない。コロニーの人々が目の前で奪われた愛する人の命を、少ない犠牲で済んでよかったのだとは、どうしたって思えないのだ。
 腕の中のこの子の命は、オレにとっては誰の命よりも重い。……ああ、そうか。オレは、権力を使って人間の命を選別する、その行為に怒りを感じるのか。災害で失われた命の責任は誰にもない。でも、コロニーの人々の命は、葛城達也が手を下して奪った命なのだから。
「ミオ、コロニーのほかの人たちは、今どうしているんだ?」
 オレが言うと、ミオはしがみついていた腕を放して、オレの目を見て言った。
「ほとんどの人たちは、パパと同じような軟禁室にいるわ。でも、ボスと駄蒙だけはダメだったの。牢屋みたいな部屋に別々に入れられちゃった」
 自分の力が及ばなかったことに、ミオは心を痛めているのだろう。この子はまだ16歳なのに、コロニーの人々の待遇に責任を感じている。
「それで、これから葛城達也がどうするつもりなのか、ミオは聞いているのか?」
 オレのその言葉で、ミオは目に涙を浮かべて表情を歪ませた。こんなに痛々しい表情をするのか、この子は!
「パパと、ボスと、駄蒙の3人のうち、誰か1人は責任を取らなければならないって、達也は言ったの。誰か1人だけ死ななければならない、って。……あたし、パパに死んで欲しくなかった。サヤカが悲しむから、ボスにも死んで欲しくなかった。だからあたし、言ったの。駄蒙を殺して欲しい、って……」
 なんてことだろう。
 葛城達也はこの子に、人の命の選択をさせたのだ。