記憶�U・54
 ( ―― 大丈夫。あたし、人質くらい平気。皇帝がどんなに意地悪したって、絶対に負けない。だって、みんな一緒だもの。サヤカも、他のみんなも。……大丈夫だから。パパのこと信じて、パパが迎えにきてくれるの、いつまでだって待ってるから ―― )
 3年前、オレの小さなミオは笑顔でそう言って、オレに手を振っていた。

 ミオはオレの胸に顔をうずめて、ずっと涙を流しつづけていた。オレの服を力いっぱい握り締めてしゃくりあげていた。涙を止めることができないのだろう。気が済むまで精一杯泣いたらいい。3年分のミオの涙は、おそらくミオにしか判らない、オレには判らない涙なのだろうから。
 泣きつづけているミオを抱きしめて、オレはずっと昔、17年前に死んでしまったミオの母親、勝美を思い出していた。

 17年前、16歳だったオレの義姉のミオが自殺したあと、オレはその記憶の一切を葛城達也によって消された。
 代わりに植え付けられた記憶はそれほど鮮明ではない。今いる部屋によく似た部屋の中で、膝を抱えて誰かを待っている、そんなあいまいな記憶だ。すぐにオレはその部屋から連れ出されて、1人で暮らす勝美の家に連れてこられた。勝美は生まれてまもなく葛城達也に拾われて養女になった、オレのもう1人の義姉だった。
 ミオと同じ16歳の勝美。彼女はごく普通の少女だった。生まれてまもなく捨てられた勝美は少しの傷を背負っていたけれど、それは普通の少女の枠を超えるほどの影ではなかった。彼女と暮らし始めたオレは、やがて恋をしていた。おそらく、無意識の中で、オレはミオへの恋を取り戻そうとしていたのだ。
 年齢を偽って、勝美と同じクラスで学生生活を送り、心を癒されながら過ごした2週間。
 勝美はオレを弟以上に見ることはなかったけれど、それでもオレは幸せだった。この2週間がオレに与えてくれたものは果てしない。この2週間がなかったら、オレは今ここにこうして存在することはなかっただろう。
 勝美への恋が偽りだったとは、オレは思わない。いつも髪を短くしていて、美人でもなかったし、これと言って目立った魅力を持った女の子ではなかったけれど、それでもオレにはたった1人の女の子だったのだ。ずっと同じ時を過ごして、オレの気持ちがちゃんと伝わったら、一生傍にいて守ってあげたい女の子だったのだ。
 あの日、勝美は殺されてしまった。
 高校の文化祭の初日だった。中庭の床は緑色のコンクリートで、ナイフで刺されて倒れた勝美が流していた、真っ赤な血が目に焼きついた。刺した人間は葛城達也の顔をしていた。葛城達也の妹だった。
 かつて葛城達也に裏切られた妹は、葛城達也への復讐の意味を込めて、何も知らない勝美を刺し殺したのだ。