記憶�U・47
 オレはしばらく奴の顔を見つめていた。その顔は現実のオレが鏡の中に見ていた顔と同じだった。少し印象が違うと思えるのは、精神年齢がオレと奴とでは17歳の開きがあるからなのか。それはよく判らない。だけど、オレはその男が自分であると確信した。
 実際のところ、オレと奴とはまったく違うものだった。オレは15歳までの記憶と、ミオと過ごした5日間の記憶を持っている。32歳の黒澤伊佐巳は、偽物の15歳までの記憶と、その上に積み重ねられた17年間の記憶を持っているはずだった。オレと奴とに共通する記憶というのはまったくないのだ。お互いに不完全で、どちらも本当の黒澤伊佐巳ではないのだ。
 それでもオレは、奴を自分と同じものだと感じた。そしておそらく、奴も同じように感じているはずだった。
「やっと、出てきてくれたね。32歳の伊佐巳」
 アフルが言った言葉に、伊佐巳は照れ笑いのような表情を浮かべた。オレは奴に会ったことはないはずなのに、その表情になぜかなつかしさのようなものを感じた。オレはかつては奴であったし、奴はオレの未来だ。共通するものがなくてもそう思えることが不思議だった。
「32歳の伊佐巳」
 オレは伊佐巳に語りかけた。伊佐巳は複雑な表情でオレを見ている。
「お前はオレとひとつになることが嫌だったのか?」
「……嫌じゃない。ただ、正直な話、オレはお前とひとつになるのが怖い」
 その一言だけで悟っていた。奴もオレと同じなのだ。オレはミオの正体を知ることを恐れた。奴が恐れたのは、偽物の記憶を植え付けられた15年間に経験した、本物の記憶に隠された真実なのだ。
 なんてことだ。奴が葛城達也を使ってまでオレを遠ざけようとしたのは、17年前のミオの死への、無意識の恐怖だったのだから。
「オレも、怖かった。……だけど、オレとお前とはひとつのものだ。2人がひとつにならない限り、黒澤伊佐巳にはなれない。未来が来ない」
「未来、か。……15歳の伊佐巳、お前はオレの過去でありながら、未来でもあるんだな」
「お前もだ。オレの過去で、オレの未来なんだ」
 15歳のオレと、32歳のオレの距離は、知らず知らずのうちに少しずつ縮まっていった。どちらかがどちらかに近づいたのではなく、互いに歩み寄ったのでもない。少しずつ、互いを隔てていた空間が消滅していった。そんな感じだった。
「オレは、ミオを愛している」
 奴がそう言ったとき、その言葉が互いの距離を埋めた。
「オレもだ。ミオを愛している」
 オレの言葉が、2人の伊佐巳の距離を縮めた。
「「ミオの幸せだけを願っている」」
 そう、2人が声を合わせたとき ――

  ―― 空間は、すべて消滅した。