記憶�U・46
 オレが真実を恐れる気持ちはいったいどこからくるのか。オレの無意識は、ミオの正体を知っている。知っているからオレを恐怖で縛っている。すべてはオレの意思だ。ここに葛城達也がいることも。
 オレの無意識は、オレ自身がそれを知らずにいることを望んでいる。だけど、知らずにいたらそれですべてよくなるのか? 知っていても知らなくても、結局オレは苦しんでいるではないか。それならば、いったい何が違うというのか。知らずに苦しむのと、知っていて苦しむのと、マシなのは後者の方だ。今ここでオレが知らずにいたところで、知りたいという欲求は消えないだろう。それではオレは1歩も前には進まない。いつかオレは後悔する。ここで決心できなかった自分を許すことができなくなる。
 ああ、そうか。オレは以前、自分の出生が研究所の遺伝子研究によるものだと知って、衝撃を受けたことがある。そのときのショックをオレは覚えているんだ。だから、同じ衝撃を受けたくないんだ。
 だけど、知らない方がよかったとは、オレは思っていない。
「アフル、こいつを消してくれるか?」
 オレの心の動きはすべてアフルに伝わっていたのだろう。穏やかに微笑んだあと、アフルは再び葛城達也を見た。
「総裁葛城達也。あなたの役目は終わりました。もう、ここに存在する必要はありません。元の姿に戻ってください」
 葛城達也は不敵な笑いを崩しはしなかったけれど、その表情は、オレには悲しんでいるようにも見えた。
「オレを消したら後悔するぜ、黒澤伊佐巳」
「するかもしれない。だけど、消さなかった後悔よりは少しはマシなはずだ」
「……勝手にしろ」
 それが、オレの中にコピーされた葛城達也の、最後の言葉だった。
 葛城達也の輪郭は、しだいにぼやけていった。そして、周囲に煙のようなものが立ち込めてゆく。しかしその煙はいつものように拡散して消えてゆくのではなく、分子のひとつひとつが小さな音を立てて破裂するように消滅した。その消滅のときに光が生まれ、次々に破裂する分子の光は、やがて周囲を覆い、光のうねりとなっていったのだ。
 途中から目を開けていることすらできなくなっていた。小さな破裂音の集まりが鼓膜を叩くように続き、耳を塞がなければいられないほどになる。しかしそれらもほんの数十秒続いた後、やがて遠ざかるように小さくなる。目を閉じていたオレはゆっくりと目を開けた。周囲は既に暗闇ではなく、光に、満ちていた。
 そして、それまで葛城達也がいたと思われる場所には、男が1人、立っていたのだ。
「15歳の伊佐巳、アフル、久しぶりだな」
 男は、32歳のオレの顔をしていた。