記憶�U・42
「まずは伊佐巳の五感からの情報をすべてシャットアウトする。暗闇の中に浮いたような感じになるけど、驚いて身体を動かしたりしないで。まずは視覚。次に嗅覚。聴覚。味覚。そして、触覚」
 アフルはひとつひとつ挙げながら、オレの感覚のすべてを封じていった。目を閉じていても視覚というものは働いているらしくて、アフルが視覚と言った直後、オレの目の前は完全な暗闇になった。聴覚と言ったあとはそれまで聞こえていたすべての音が聞こえなくなって、水の底に潜ったような感覚に似ていた。だからそのあとオレがアフルの声を聴いたと思ったのは、本当はアフルの肉声ではなかったのだろう。触覚と言われたとき、それまでアフルに抱きかかえられていたのに、急に放り出されたようになっていた。
 五感のない世界は、あの悪夢の世界にすごくよく似ていた。アフルの声が途絶えたとき、オレは少し不安になって、心の中であたりを見回すような動作をした。
「大丈夫。オレはちゃんとここにいる。身体を動かさないで。……今、伊佐巳は何も見えないね」
「……ああ、見えないな」
「それじゃあ、今目の前にオレの姿を映すから」
 アフルがそう言ったとき、目の前に浮かび上がったのは、オレがよく知る17年前のアフルの姿だったのだ。
 アフルも少し驚いたようで、自分の身体を見回して、不思議そうな表情をしていた。
「……ああ、そうか。伊佐巳の中ではオレは成長していないんだ。今いるこの空間はすべて伊佐巳の感覚が支配しているから。伊佐巳にとってのアフルストーンは、17歳のままなんだね」
 そうしてアフルがオレの身体に触れて、それで初めてオレは自分の身体が実体化していることにも気付いたのだ。いつもの夢ではオレに身体はなかった。オレも自分の身体をあちこち見て、オレ自身も15歳の自分に戻っていることを知ったのだ。
 この感覚は久しぶりのものだった。本当のオレの五感というのは今アフルに封じられていたけれど、この15歳の身体には現実とまったく同じような五感がある。アフルに触れられれば触れられている感じがあったし、目の前のアフルの声は、普通に聞くのとほとんど違わなかった。
「いいかい、これからオレたちは、伊佐巳の中の仮想空間を移動していく。これから起こることは言ってみれば夢のようなものだ。今、現実での伊佐巳の運動能力も制限したから、今から伊佐巳が身体を動かしても現実の身体には反映されないよ。……だけど、夢と違うのは、ここで起こったことはすべて、伊佐巳の精神世界で実現してしまうということだ。例えばだけど、伊佐巳がこの世界で死んでしまったら、伊佐巳の精神も死んでしまう。2度と現実には戻れなくなる。それだけは覚悟しておいて」
 要するに、今ここでアフルがオレを殺せば、オレは現実でも死ぬということか。
「判った。逆に、オレが邪魔者をすべて消せば、オレの記憶は戻るってことだな」
「そういうことだよ。オレはそのために伊佐巳をここにつれてきたんだ」
 そう言って、アフルはオレの手を引いたまま、空間を移動し始めていた。