記憶�U・44
 もともとの多次元に時間という概念を加えたとき、1つ次元を上げなければ表現することはできない。だが、オレ自身は3次元までしか知覚することはできない。物干し竿のZ軸に時間を当てたとき、その他の要素は2次元で表現するしかなかった訳だ。物干し竿の長さは正確な目盛りで時間軸を現わし、太さはそのときの情報量を現わしている。
「この空間は伊佐巳の感覚に支配されているからね。じっさい物干し竿に微積分まで導入するところなんかはものすごく伊佐巳らしいよ。こんなに伊佐巳が几帳面にできてなければ、もう少し楽な人生を送れただろうに」
「例えば葛城達也に迎合して、自分が犯した罪をすべて奴になすりつけるとか、か?」
「より大きな罪を小さな罪で回避しているんだよ。それが『逃げ』な訳?」
「少なくともオレにはそう見えるな」
 アフルはただ微笑んだだけだった。
  ―― そのときだった。
「おい、アフルストーン。そんな奴とまともに話したって無駄だぜ」
 ゾッとするような空気だった。気配に振り返って見たのは、もう何度目か判らないけれど、オレがここにくると必ず姿を現わしていた、葛城達也の亡霊だった。少し離れた位置からニヤニヤ笑いでオレとアフルを見つめている。そうだ。オレはこの男を消すために、ここに来たんだ。
「お久しぶりです、総裁」
「アフルストーン、どうしててめえがここにいるんだ」
「詳しくお話しすると長くなりますので、簡単にお答えします。……伊佐巳がとても都合のいい認識をしていましてね。『精神感応力は葛城達也よりもアフルストーンのほうが強い』と。つまり、伊佐巳の感覚が支配するこの世界では、私はあなたに勝つことができるんですよ」
 この時初めて、葛城達也が表情を変えた。薄笑いを引っ込めて、しかしゾッとするような残酷な視線をアフルに対して向けたのだ。
「オレを殺すって? てめえは俺よりそいつに従うつもりか」
「殺しはしませんよ。ただ、正体を現わしていただきます、私が敬愛するあの方の仮面をかぶっているあなたを許すことができないので」
 そう言って、アフルは徐々にではあったけれど、葛城達也の亡霊に近づいていった。