記憶�U・43
 アフルに手を引かれながら、オレは何もない空間を移動していった。いや、何もないと思えたのはオレの錯覚だったらしい。アフルはこの空間でもオレの視覚を調整していたのか。しだいに目が慣れてくるような感覚があって、周囲に大きな網目のようなものが浮かび上がっていた。
 全体にパステルカラーで、多角形のジャングルジムのように点と点が複雑に繋ぎ合わさっている。脳細胞のシナプスにも似ていた。おそらくそう考えてほぼ間違いないのだろう。そのシナプスの合間を、アフルは器用にすり抜けていった。
「伊佐巳の意識がある状態から入ったから見える光景だよ。夢を見ている状態だと、今見えている空間は、眠りに入る段階で通り抜けてしまうんだ。ここは伊佐巳の意識の空間だ。15歳のOSが支配してる」
 アフルの説明を聞きながら周囲に目を凝らすと、そのジャングルジムのようなものが時間とともに少しずつ形を変えていることが見て取れる。シナプスが伸びて新たな接続を形作ったり、逆にそれまで繋がっていた接続が切れて、点に吸収されてしまったりしている。活発に動きを繰り返している部分もあれば、ほとんど変化のない場所もある。ためしにオレは接続の1つに触れてみた。手に触れた感触はあったけれど、オレが触れたことで接続が変化するようなことはなかった。
「伊佐巳、これに触れるのはけっこう危険だよ。壊したら意識障害が起きることもある」
「それを早く言えよ!」
「大丈夫。今は干渉を制限してあるから。そうじゃなかったら怖くてこんなところ通れないって」
 どうやらアフルはオレをからかって楽しんでいるらしい。そういう底意地の悪いところは昔と変わってない。
「そろそろ抜けるな。伊佐巳、この先が伊佐巳にもおなじみの場所だ。無意識の入口」
 アフルがそう言ってほんの数秒。
 いきなり、オレたちはそのジャングルジムを抜けていた。消えた、という方が近いくらい突然の変化だった。振り返ってももうジャングルジムは見えない。四方八方暗闇に包まれている、オレが何度も来たことのある、葛城達也の亡霊が存在する無意識の中だったのだ。
「看視者に邪魔されないうちに先に見せておくよ。……あれが伊佐巳の記憶の物干し竿だ」
 そして、アフルが指差した先には、オレが以前見たものとは少しだけ違う、記憶の物干し竿が現われていたのだ。
 以前くぐったときには4本の分割した管の形をしていたけれど、今目の前に現われたそれは、たった1本の管に過ぎなかった。それも、ところどころ太さが違っていて、色も場所によってずいぶん違った。まるで獲物を飲み込んだ直後の蛇の身体のようだ。片方の先端は細くなっていて、途中ともう片方の先端が異様に太くなっている。
 それがそのままオレ自身の歴史を現わしているのだと、アフルの説明を聞くまでもなく、オレは悟っていた。