記憶�U・37
 ベッドに両手をついて、オレはミオを見下ろしていた。オレの腕の長さと同じだけの距離にミオの顔があって、オレを見上げたまま表情を硬くしている。押し倒した目的を忘れそうになった。オレは自分で思っているよりもずっと、感情で行動する人間だ。
「あの……な、ミオ。オレは今、ものすごく危険な状態だって自覚がある」
 ミオは目を細めた。その瞳の奥でどんな感情が動いたのか、オレには理解できない。
「このままミオと同じベッドに寝たりしたら、たぶんそういうことになると思う。オレはいつでもミオとそうなりたいと思ってるし、だから、途中でやめることはできないと思う。……もし、ミオがそれを望んでないとしたら、今夜は別の部屋で眠ってくれないかな。……もちろんオレが別の場所で寝てもいいんだけど、それも無理だろうと思うし」
 瞬きをしていないことに気付いたのかもしれない。ミオは目を閉じで、ゆっくりと目を開けた。そんな仕草でさえも誘われているように感じる。何でもいい。どんな結論でもいいから、早く出してくれ。
「……ごめんなさい。あたし、あまりに急だから、何も考えてなかった」
 そう……だろうな。昨日告白して、今日初めてキスをして、そんなに急にいろいろ考えてる訳ない。
「そういうこと、嫌だとか、そういうのではないの。……ただ、心の準備だけ、少し時間をもらえるかな」
 正直言って、オレはほっとしていた。
 ミオの反応は、普通の女の子の普通の反応だと思うから。悪夢の中の葛城達也の言葉なんか信じてない。だけど、もしも今、ミオが許してくれてたとしたら、オレの中で何かが揺らいでしまったかもしれない。
「あたしはここにくる前は親友と同じ部屋で過ごしていたの。彼女のところに泊めてもらうわ。……明日の朝、またくる」
「うん、判った」
 オレは身体を起こして、ミオが起きる動作を助けた。そうして立ち上がると、ミオはやっと笑顔を見せた。
「ありがとう、伊佐巳。……大好きよ」
 ミオの、後姿を見送った。

 今夜はそうすんなりとは眠れそうになかった。